硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 5。

「初めて」は、何の為にあるのだろう。ドキドキする為? 驚く為? 人を、成長させる為、とか? 免疫を付ける為、とか? それともなければ・・・えっと・・・。
 手を上げて「久しぶり」と、あたしは言った。「ああ」と頷いて、リスはあたしの左側に座る。それから、こう言った。
「珍しいじゃん。外に出てるなんて」
 あんたんとこの医者とメイドが出してくれなかったんだよ。その言葉が喉まで出かかったが、それを言ったら罰が当たる。あたしは頷いて、言った。
「いい加減、日光浴でもしないと骨がボロボロになっちゃう」
 その言葉に、リスは笑う。そして「大丈夫だよ」と言った。
「何で?」と聞くと、彼は笑ってこう言う。
「部屋でも暴れてたらしいじゃん。メイドが愚痴ってたぞ」
「・・・」
 仲が良いことは良い。けれどそんなことをリス(主人)にチクらないで下さい。大体、暴れてなどいません。あたしがちょっと首の角度を変えると、飛びかかってくる暴君はメイドさん達の方であります。
「だから、余り心配はしてなかったんだけど」
 しかも最後に、こんな言葉を言われて。
「さいですか」
 やっぱり、ここはおかしい。と改めて思う、庶民代表のあたしであった。



「ところで、さ」
 リスは足を伸ばし、背中の方に手をついて木洩れ日を見上げると呟く。
「今更だけど、聞きたいことがあって」
「? 何?」
「ここに来て、もう十日じゃん?」
「うん」
 そうだ。もうそんなに経っているのね。と、あたしは頷いた。
「心配してる人とかいないの?」
「・・・はぁ?」
 何? 今更、何を言ってるんだ? お前。と言う気持ちで聞き返す。
「いや・・・まさかこんなに長期いるとは思ってなかったからさ。最初は」
「・・・」
 そうね。そうだったわね。確かに。言われて納得。まあ、こっちも言われて気付いたっていうのが真実ですから。大きな事は言えないね。
 んー。そうね。心配。・・・ねぇ。敢えて上げるとすれば。
「郵便受けに新聞やらチラシやらが溢れてるかもね」
「その程度の心配か」
「だって、別に心配する家族もいないし」
「・・・そうなの?」
 リスは体を起こし、あたしの方を見る。
 あたしは彼から視線を逸らし、前を向いて頷いた。リスの顔を見たままだと、ちょっと重過ぎる話になるかもと思って。・・・別にあたしは、もう大丈夫だけど。
「あたし、さぁ。二ヶ月前までお婆ちゃんと暮らしていたのよ」
「へぇー」
「ま、二ヶ月前にお婆ちゃんが亡くなったっていう話なんだけどね」
「・・・」
 その言葉に、リスは沈黙。うーん。そんなに気を使わなくても大丈夫よ。と思いながら、あたしは言った。
「しょうがないね。もう八十越えてたもん。大往生」
 悲しくないと言えば嘘だ。軽い口調でそうは言えても、大嘘だ。悲しくないわけがない。お婆ちゃんは今も、あたしの心の中に色濃く映って笑ってる。それが鮮明なほど、あたしは悲しみから逃れられない。
 でもそれに向き合って、こんなに早くしょうがないと思えたのは、幸いにもあたしはその最期を看取ることが出来たから。残酷でも突然でもない、死期を見つめながら僅かな時間をあたしと過ごし、お婆ちゃんは安らかに逝ったから。働かなくても世話だけをして暮らしていける蓄えを、お婆ちゃんは用意してくれていたから。ずっと側にいられたから。それだけで十分だ。と思う。それ以上望むモノなど、無かった。
 そう。これが実は、あたしが今現在無職な理由。暇な自由人の理由。そして、そろそろ働き始めなきゃと思う理由でもある。もう充分、傷が癒える時間は過ぎた、筈。少なくともそう思えるほど、過ぎたのだ。いつまでもメソメソしてられない。まだ、あたしは生きているんだから。それがきっと、お婆ちゃん孝行なんだ。
 ってことで、よし、働くぞ! ・・・と、思い始めた時の拉致であった。今考えてみると、丁度良いというか何というか。ははは。
「お前の歳は?」
「十八ー」
「ふーん。遅い子供だったのか」
「ま、ね。リスは?」
「二十一」
「・・・へー」
 その返事は僅か、遅れた。自分でも気付かないほど、僅か。言ってから気付いた、程に僅か。
 でもリスは気付いた。不思議そうな顔をして、あたしを見る。
「何だよ」
「別にー・・・」
 それに気付いて顔を逸らし、気のない声で答えた。僅かに生まれた痛みは、吹いて飛ばすように簡単に無くなる。それを感じ、ああ、やっぱり「過ぎた」んだと思う。
 だからリスは気付かなかったようだ。再び空を見上げ、木漏れ日に目を細めてる。
 その横顔に、心の中で呟いた。ホント、別に。何でもないよ。ぜーんぜん他意はない。って。だから気にしないでね。ただ・・・さ。
 ・・・ただ、もう成人しているのか。って、思っただけ。そしてお婆ちゃんに、あたしの成人まで待っていて欲しかったなって、ちょっと神様に文句を言いたくなっただけ、だよ。寂しくなるなぁ。思い出すと、やっぱり。
「両親は?」
「覚えてない。小さい頃、事故で死んじゃったんだって。写真は残ってたから顔は知ってるけど」
「・・・ふーん・・・」
「いやー。でも、まあ、この歳まで育てて貰えたんだから、恵まれてるわな。もう一人で何でも出来るしさ」
「・・・逞しい女だな」
 だから初対面の男を殴ったり出来るのか。と、小さな呟きが聞こえてくる。
「お婆ちゃんが教えてくれたのよ。色々」
 殴り方はこう。蹴り方はこう。窓の割り方、紐の結び方、開かない瓶の開け方、それからねぇ・・・。と、技術を並び立てていたあたしの横で、「どんな婆さんだ・・・」と呟き、リスは頭を抱えた。あ、何よー。と思う。
「か弱い女が子の厳しい世の中、それ位出来なきゃ駄目だって」
「お前達の常識を疑うよ」
 ・・・それ、のし付けて返してやりたいわ。そう思ったが、黙っておいて上げた優しいあたし。
 というか、別の興味が湧いた。
「リスは?」
「は? 何が?」
「兄弟とかいないの?」
 現国王と王妃が健在なのは知っている。ただ、その子供のことなど興味もなければ情報もない。そんなもんなの。若い女の子の価値観なんて。
 しかし今更別に何とも思わなかったか、リスはあぐらを掻いて言った。
「姉が一人」
「お姉さん? へぇー」
「とっくに他国に嫁いでるけどな」
「へぇーへぇー」
 初めて聞く話に(国民としてどうかとは思うが)リスの腕を引っ張って言った。
「どうやって出会ったの? お姉さん幾つ? 旦那さんは?」
 恋バナだ。恋バナ。キラキラと目を輝かせたあたしを、呆れた表情で見たリスは言った。
「・・・いきなり女みたいになったな」
 初対面のあたしだったら、多分平手か蹴りをお見舞いしていただろう。しかし節々が痛んでしょうがなかったので、手の甲をつねるだけで勘弁して上げた。そして「いてっ」とか声を上げるリスに言う。元から女だよ! ぼけ!!!




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