硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 10、全てに終わりは有るモノで。

 全てに別れはやってくる。それを選択する者。それを受け入れる者。一人じゃ出来ない。だから悲しい。
 その後。加えて数日の後。とうとう、やってきてしまいました。この時が。
 掻い摘んで説明すると「傷跡は僅かに残っているけれど、包帯ガーゼテープ他、全てが取れてしまった時期」でございます。いずれ来るとは思ってましたが、本当に来るとは想像出来なかったこの時が、とうとうやってきてしまいましたですよどうしよう。
「あとは自然治癒を目指しましょう」と言われ、その後のことを想像したあたし。勿論前回よりも更に動揺して混乱して困惑して興奮して意味不明な行動をとったのは言うまでもない。本当に、この城には何かが住んでいるに違いない。と、あたしは自分の異常にそれを再確認。全てはその「何か」のせいだ。あたしのせいでは、決してないのである。
 と、ノックの音に異常反応したり、メイドさんが入ってきたのに慌ててカーテンの後ろに隠れたり机の下で震えていたりしたあたしを、まん丸い目で見ていたメイドさんに心の中で言い訳。しかし伝わるわけもなく。彼女達はしばらく驚いたような顔をしていたが、首を傾げて怪訝そうな顔をしたまま、何も言わずにあたしのお世話をしてくれた。
 裏話をチラリと披露するならば。メイドさん達が敢えて何も言わなかったのは「レイラ様だから」「レイラ様だし」「レイラ様だもんね」という一言二言で片づけられていたらしい、から。あんた達、あたしの何を知っているのよ? って、その裏側を知っていたら叫んでみたかったね。

 その後の行動のレパートリーといえば決まっていたので、数日はベッドに埋まり、そして我慢出来なくなって抜け出すというパターンを忠実に繰り返した。
 しかし抜け出せばメイドさんに捕まり兵にも捕まり何故かコックにも捕まり、一度は爺さんにも捕まった。ことごとく負け試合。くそーっ。アウェイじゃ分が悪い。てか、どうしてこんなに分かり辛いの!? あり得ない!! そう思いながらも、しつこく抜け出していたら。
 またしても、またしても。とうとうリスにも捕まってしまった。「ぎえっ」である。「ぎょえっ」でも良い。とにかく、そんな悲鳴が漏れた。「きゃっ」等というふざけた悲鳴では補いきれないほどの衝撃が、当然あったのである。
 その時のあたしときたら、ええ、それはそれは真っ赤になって逃げましたとも。治り掛かっている傷から血が噴き出すんじゃないかってくらい、血行スピード違反して。ドキドキして。
 そりゃあもう、必死だった。いっそ、このまま永遠に城の中で迷ってしまえばいい! と思ったのは初めてだった。・・・結局、捕獲されたけど。
 というか最後逃げ場を失って、でかい花瓶の中に頭を突っ込もうとしたら、変な所に入り込むんじゃない! と、お叱りを受けたのが本当のところ。

 それなのにリスは。
 ・・・それなのに。

 それなのに彼は。それからも、ずっと。ずっと、ずっと。あたしに、おまじないをくれた。あの時、怒った後ですら。
 ・・・怒った、くせに。


 彼に。直に触れた時は。気を失うかと思った。唇は柔らかくて、優しくて。
 鋭くて暖かいその感触を、あたしは忘れられないまま過ごし、再びそれを貰うことになる。何度も。・・・何度も。
 おまじない。結局そう納得したのは、随分後のこと。彼の態度や言葉が、全く変わらなかったから。変わったはずの何かを、あたしは突き止めることが出来ないと、とうとう諦めたから。多分、変わってしまったことをそうとは認められないまま、馴染んでしまったから。頭で思っていても、見えないと認められないことがあると、きっと初めて知ったのだ。心が。
 だからやがて、そういうことなんだろうと思うことが自然に出来る時が来た。それは彼の価値観で、そういうモノなんだ、と。
 理解出来れば、それを受け入れることも出来た。理解さえ、出来れば。拒否反応を強く示すことなく自分に言い聞かせることが出来れば、理解は出来る。ただ、それだけ。やってみれば簡単なことだ。そしてそれだけで、受け入れられることは飛躍的に広がることも、知った。
 でもあたしの体は、いつまで経ってもいつまで経っても、何度何度触れても・・・やっぱり、慣れることは出来なかった。リスの指が肩に触れ、首に触れ、髪に触れ。
 それだけでも、どうしようもなく体が強張る。その体の震えを、リスはいつも可笑しそうに笑う。その吐息が首筋を撫でて、また体が強張る。そこにそっと、リスはおまじないを落とすのだ。あたしの腕を持って、時には肩を抱いて。
 ここは、無菌室みたいなものだと思う。ここに慣れきってしまったら、別の場所では生きられない。そんな場所だと思う。慣れてはいけない。幸い、暫く慣れることも出来ないだろう。もしかしたら一生慣れないかもとは思うが、それは証明出来ない話だ。・・・興味も無い。考えたくもない。
 あたしは、いずれここを出ていく。毎日怒ったりしながらも甲斐甲斐しく面倒を見てくれるメイドさん。おまじないをくれるリス。広い庭園。豪華な装飾。明るい廊下。それらと全て別れを告げる日が来る。そう、遠くない日に。
 みんな、分かっているはずだ。それなのに、どうも忘れているらしい。あたしは、それを忘れない。馴染んでもいけない。甘えても、求めてもいけないのだ。時間が経てば、失う居場所。そこにどんな希望が見出せるだろう。失うと、分かっていながら。
 傷が治るにつれて、そのきっかけの日が近付いてきていることを、あたしはリスの言葉で知った。
「綺麗に治りそうだな」
 治りそう。その言葉にホッとした胸が、ちくんと痛んだ。「治る」ということは、あたしがここにいる「意味」を失うということだ。そうだ。そうだった。と、あたしは思う。あたしは、この傷を気にしているリスがいたから。心配してくれる、メイドさんやお医者さんがいたから。理由が、あったから。
 だから、ここにいたのだ、と。何だかんだ言って、逃げる自分を「演じ」ながら。いたのだ、と・・・気付く。だって、そういう言い訳さえしていれば許される気がして。それが有れば、つまり大義名分があったから。仕方が無いという、言い訳さえ出来たから、いることが「出来た」のだ。
 でもそれが無くなれば、あたしはここにいる理由も失う。言い訳も言い逃れも出来なくなる。それを忘れないための、きっと無意識の脱走劇。あたしの本能が演じさせた、多分防衛反応。
 傷は治る。だから遠くない日に、あたしは出ていく。出ていかなければならない。出ていくことが、世界の自然。意志じゃない。選択でもない。そう、決まっているのだ。悩むことも困ることもない、当たり前の未来。刻々と近付いてきている、そんな分かり切っていたはずの、ずっと持っていたはずの、その「覚悟」は。
 しかし、とても傷付き易い物。
 ・・・だと、気付いた。
「良かった・・・」
 耳元で囁く彼の言葉に、あまりの優しさに、涙が零れそうになった。
 唇を噛んで堪えた体の震えの変化に、彼は気付かなかっただろう。気付かないでいて欲しい。永遠に。




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