硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 2。

 全てに別れはやってくる。それを選択する者。それを受け入れる者。あたしは前者。貴方は後者。
 首の傷は、跡形もなく消えた。少なくともあたしにとって、そう思えるほどに薄れ、医者は治療終了を告げた。その傷跡に触れると痛むのは、何故か別の場所。そのことは、気付かない振りをした。
 さぁ。これで終わりだ。あたしがここにいる意味は、この瞬間に消えた。
「医者のお墨付き貰ったんだって?」
 だから彼のこの呼びかけは、最後になるはずだった。
 そして貰う筈のないもの、でもあった。



 あたしが城に連れてこられて、早一ヶ月。
 あたしはこの頃、ある程度城の中を自由に歩くことを許されていた。諦めたと言っても過言でもないメイドさん達が、せめて変なところに入り込まないように。そして見付からないままにならないようにと、当たり障りのない部屋や通路を教えてくれたのだ。それでどうか勘弁を。という・・・ある意味、粘りの勝利である。書庫、厨房、庭、ダンスフロア・・・どれだけ素晴らしいものを見てきただろう。この僅かな時間に。
 そんな、僅かな範囲の道案内のお陰だった。あたしは偶然にも見付けていたのだ。ほんの僅かな過去に。外への道を。

 それはコックに暇潰しに付き合って貰い、キッチンで調理器具を見ながら料理や、それ以外の話にも盛り上がっていた時のこと。あたしは良く、ここに来ていた。人恋しくて。暇、だったし。
 うん。暇だったから。正直、そんな理由で入り浸っていた厨房。そんなきっかけで通い始めた厨房。けれどその邪魔者といっても過言ではないあたしを、コックやメイドさん達は快く迎えてくれた。それが嬉しくて、だから居心地良くなって。あたしは日課のように、ここに来た。
 ある時不意に一つのドアが開き、荷物を持ったお兄さんが入ってきた。
「野菜のお届けに参りました。いつもありがとうございます」そう言って彼は、大きな籠に入った野菜を床に置く。見たことのない野菜もある。
「凄いねー」と、それを見ていたあたし。サインを終え、お兄さんはドアから消えて、コックが上から声を掛けてきた。
「良い色でしょう」
「うん」
 その、コックの向こう。
 閉まり掛けたドアの向こう。お兄さんの走って去る先。眩しい光が溢れるほどに晴れた、空の下。中庭の端。
 ・・・ん?
 何気なく見送った、彼の背中の向こう。それを見ていたあたしの目が、大きく見開いた。
 だって、驚いて。
 ・・・え?
 だって、お兄さんが、消えた。
 いや、消えたんじゃない。あれは。
 つまり、その意味は。
「・・・!」
 あ、と思った。思わず息を飲む。チラリと見えた、使用人や、限られた人達が出入りする小さな通路・・・いや、門? お兄さんは、そこから「外」に出て。消えたように、見えなくなった・・・のだ。それはつまり、あたしがずっと捜していた・・・筈の・・・もの。
 見付けた・・・と、思って。体が、強張った。何かに耐えるように、無意識のうちに体が固くなった。そして。
 見付けてしまった・・・って、思って。体から、力が抜けた。まるで引き抜かれたかのように、体の緊張が全て抜け落ちた。一瞬で。スルリと。
 その時のあたしの心境は、自分でも言い表せない複雑なもの。嬉しくて、ホッとして・・・痛くて、苦しくて。
 安心と共にやってくる喪失感。多分どれもが嘘で、どれもが正直なあたしの気持ち。素直じゃない。分かり易くもない。あたしみたいな感情。そして、これまでに感じたことのない感情。
 それらはきっと、この僅かな時間に強く根を張ったもので、しばらくは水が無くても枯れもしない。面倒なものを植え付けられてしまった。本当の草木のように、引っ張れば抜けるものならどんなに楽だっただろう。まるで雑草のような、この気持ち。種を植えた覚えもないのに、芽生えたこの気持ち。厄介だ。
「どうかしました?」
 不意に、上から降ってきたコックの声。あたしは引きつる頬と気持ちを抑え、必死に首を振った。
 この時、あたしの中から決定的に選択肢が姿を消した。

 そして。
 出ていく。そう決めた。無菌室にいても、死なない。でも。
 無菌室に慣れてしまった生き物は、きっと外では生きられない。身体的にも精神的にも、それはきっと世の常。心も体も、抵抗力を失ってはいけない。生きていけなくなってしまう。「正常」に戻った時。そういう、ことなのだ。
 どこまでいたら、あたしはその状態になってしまうだろう。分からない。知りたくもない。だから考えない。ただ確かなことは、早く外に出なければならない、ということだけ。
 それは同時に、救いでもあるはず。それだけが分かっていれば、他に考える事なんて意味を持たない。そう言い聞かせ、無理矢理にでも考えない。そして意味も分からず重い足を、動かす。戸惑っている暇はない。気付いた時は、きっと遅い。早すぎることなんて、きっとない。それ程までにきっと、もうギリギリなのだ。そう思う気持ちだけは、確か。それだけ有れば、もう十分。だから、早く。一刻も、早く。・・・そう。理由が無くなれば、すぐにでも。
 そして、あたしは心を決めた。きっかけが訪れて、すぐに。言い訳にしてきた理由を失った瞬間、すぐに。ここを出ていこうと、思った。



 その。
 ・・・丁度、その日だった。いや、その「時」だったのだ。治療が終了した日。医者の言葉を受け入れ心を決め、門に向かう途中。
 決定的な出来事は、その「瞬間」と言っても良いかもしれない。ほんの僅かなズレが有れば、あたし達はすれ違い、二度と会わずに済んだ筈の、たったほんの、一瞬の偶然。
 あたしが歩く、その先に。
 たった通り過ぎるだけの、その道に。偶然にも彼は、現れた。




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