硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 3。

 全てに別れはやってくる。それを選択する者。それを受け入れる者。あたしは前者。貴方は後者。さようなら。その言葉も交わさずに、黙ってあたしは出ていく・・・つもりだった。
「・・・うん」と、リスの言葉に頷いた。
「良かったな」
 リスは優しく笑って、そう言う。「うん」と、あたしはもう一度頷いた。
 リスに、会わないつもりだった。もう、会えないと思っていた。
 会うまいと思った。会わない方が、良いと思った。会うべきじゃないと思った。会ってはいけない。・・・とも、思った。
 言い聞かせるように、問うように、答えるように、あたしはそう思った。思い込むように叩き込み、飲み込んだ。それは喉に引っ掛かり、上手く嚥下出来ずにいる。今でも。違和感は残り、何だか重い胸の奥。
 でも、それでも良かった。いつかそれは溶けて無くなるだろう。会わなければ。会わずに済んでいれば。辛いのは、苦しいのは、僅かな時だけだ。きっと。病は気から。誤魔化せば、体はどうにか慣れてくれる。きっと。
 ・・・「きっと」。それがあたしの、最後の希望。
 けれど会ってしまった。飲み込んだ気持ちが、今更反応している。暴れてる。苦しい。息苦しい。二人、こうして向き合っている今という瞬間が、どうしようもなく。どうしてだろう? どうして・・・。
 どうしてここにきてからあたしは、こんなにも、振り回されて。説明の付かない何かに、こんなに心乱されて。一人、踊らされて。
 それを見て、誰が笑っているの? 誰が楽しいの? それを腹立たしく思うほど、あたしの心は弱ってる。どうしてか。
「もう、強く触っても痛くない?」
 それを更に傷付けるように刺激し、庇うように包み込むリスの声。
 我に返ったあたしは、不自然にならないよう「うん」と必死に頷いた。大丈夫、と言い聞かせる。ここを越えれば。これが済めば。
 全てが終わる。大丈夫。もう、少し。あと、少し。堪えれば。
「違和感もない?」
「・・・う・・・ん」
 首筋に触れたリスの手に、体が強張った。ああ、触れてしまった。最後の、最後の日まで。
 こうして僅か触れ合う度、あたしの中で起こる僅かな変化の意味は、あたしですら分からない。でも考えない。分かりたくないから。
 もう、おまじないの必要はないね。そう言いかけて、止めた。あたしが寂しくなるだけだ。自分の首を絞めてどうする。
 それなのにリスは、そおっと近付いてきた。そして、あたしの首を覗き込む。それは、ただの確認だったかも知れない。癖だったのかも知れない。
「!」
 でもあたしは、いつもよりも非道く強張って、震えた。首の傷が癒えた今、代わりに心が軋んでる。悲しいことに。
「・・・?」
 そのあたしの反応に不思議そうなリスの表情を、あたしは知ることはない。ただ、怖かった。どう思われているか、心配だった。何事もなくあたしが居なくなってしまえば、きっと戻る彼等の日常に傷を付けないかどうか。
 このあたしが、彼の記憶に強く残らないことを祈った。
「・・・どうかした?」
 リスは、いつもするように腕を掴んだ。馴染んだ感触に、一層心は軋む。捕らわれてしまったかのような恐怖感と、馴染んだ感触に安心感。あたしの感覚は、多分狂ってる。
 狂ってしまった。この場所で。
 狂わされてしまった。何かに。
 おまじない? 必要、無いよ。もう。
 逃げたくても誤魔化したくても、そんなことはとても言えなくて、あたしはただただ首を横に振った。「何でもない」その返事を、リスなら分かってくれると思ってた。特別でも何でもない、お互いなのに。
「お願いだから」と、心で呟くほどに、あたしは弱くなっていたのだ。ハッキリと嘘が付けないほど、弱っていたんだ。きっと。
 壊れ始めた自分の感情は、気付けば自分では操作出来ないくらい滅茶苦茶になっていた。答が出て当たり前の自分のことが、今は全く分からない。まるで狂った方位磁石を持った、あたし。どこに進めば正しいのか、どの方向に進んでどこに辿り着くのか、今は全然分からない。
 分からない。あたし、自分が分からない。分からなくなってしまった。分かっていたのに。以前はもっと、知っていた、筈なのに。どうして?
 どうしよう・・・。
 揺れてる。あたし。支えてくれるモノが今、何一つない。自分自身、すら。どうしよう?
 どうしたら良いんだろう・・・?
「・・・」
 それを、彼は。
 その不安にも似た気持ちをリスは。もっと深いところまで多分・・・知っていた、んだろう。多分。ふ、と首筋を撫でた吐息は、いつもと別の場所にも触れる。
「!?」
「いつもと同じ、おまじないだよ」
 目を丸くして見上げたあたしと目が合うと、リスはその目を細めて笑った。そして、まるで包むように、優しく囁く。
「お前が幸せになれるように」




戻る 目次 次へ
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。