硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 11、そもそも幸せって、何ですか?

 幸せは、どんなもの? その意味すら分からないあたしに、貴方はそれを願った。
「おいで」
 その後。リスはそう言って、あたしの手を引いた。
 どの位の角を曲がって廊下を歩き、どの位の時間、リスと手を繋いでいたんだろう。分からない。
 分からない。何も。リスが、どうしてあんな事をしたのか。



「ここ、俺の部屋」
 そう言ってあたしに笑うと、リスは鍵を差し込んでドアを開けた。開いたドアの向こう。あたしが借りている部屋の感じとは、全てが違う。
 全て。そう、空気さえ。
 そこに入る前、ここはどこなんだろうと我に返って見回した廊下の雰囲気すら、別物だった。重厚な雰囲気。驚くほどに、飾りは少ない。
 どうしてだか、あたしにも分かった気がした。きっと作り自体が芸術的過ぎて、生半可な物は置けないのだ。置かなくてもこの雰囲気は、気圧されるほどに高貴で。
 足が竦んだ。
 その、あたしの手を引く。最早拒むことの出来ない、彼の手が。

 中に入ると、あたしの意識は戻り、そして遠ざかった。
 ・・・気がした。考えたことも想像したこともない、それは選ばれた者だけの空間。黒塗りの大きな机。革張りのソファや椅子。床を這う、踏めと言われても躊躇う程の絨毯。天井まで届いた本棚。書庫など、まるで子供だましのようだ。そして、そこかしこにある美術品の数々。驚きに意識が張る。そして、同時に気が遠くなった。どれもこれも、触れることすら出来ない。あたしは、この場所に相応しくない。そう、本能が教えてる。
 けれどただ、畏怖の念を持ってここにいるなら、これ程までに素晴らしい空間はなかった。吸い込む息ですら違う気がして。この部屋の一部を体に入れることに、まるで興奮しているかのような身体の変化が起きる。
 痛い。心臓が痙攣して。
 ・・・痛い。
「使用人としての誓いも交わさず、王族のプライベートな空間に入る事の意味を」
「・・・え?」
 まるで流れるように聞こえてきたその声を。
 最初は幻かと思った。しかし、あたしは戻される。現実に。急にクリアになる視界。どこが夢なのか、まだハッキリしないけれど。 
「お前は知らずに来てしまったな」
 しかし続けて、確かに聞こえてきたリスの声。引き戻される。リスに。これが、ここが現実だ。
 蔵書を見上げていたあたしの背中に、その言葉がぶつかる。でも、動けない。あたしは、まるで人造物のように、どこをどういう風に動かそうと思わなければ動けなくなっていた。
 振り返れ。彼の方に。
 そう体に命じ。動かし。彼の姿を脳が識別して、そしてやっと口を開いた。
「意味?」
「この部屋に入るには、覚悟が必要なんだ」
「・・・覚悟?」
「そう」
 聞き返したあたしを見て僅かな笑い声を洩らし、リスが近付いてくる。そして、あたしの顔を覗き込んで言った。
「以後、王族と共にあることを覚悟するか、さもなくば追われる者になる覚悟」
 それは無断でこの部屋に入り、以後犯罪者になるということだ。と、リスが小さな声で付け加える。
「・・・犯罪者・・・」
「それすら知らずに、お前はここに来てしまった」
 そう言うリスの顔は、からかっている様でも、馬鹿にしている様でも、呆れている様でもない。ただ、楽しんでいるような。ただ、このやりとりで遊んでいるような。
 その後。何でもない話をしているかのようにリスはあっさりと離れ、机の上に置いてあった本を手に取る。そして、まるであたしがいないかのように自然な動作で、それを仕舞った。きっと彼は一人でこの部屋にいる時にも、そんな風に本を扱うのだろうな。と、思うほどに、緩やかに。
 覚悟。そんな言葉の重さなど、まるで感じさせない彼の行動が、あたしを冷静にさせる。
 そして、矛盾に気付いた。あたしの意識は、段々正常に戻っている。淀みない動作を、やっと彼の前で取り戻しつつある。
「そんなの、おかしいわ」
 あたしは言った。
「それなら場合によって、王族にも覚悟が必要ということでしょう? 片方だけの覚悟じゃ足りないじゃない」
「そうだよ」
 招かざる客でないのなら、先に必要なのは招く主である王族の覚悟。それは、同じくらいの大きさで、同じくらいの重さの筈。・・・いや、もしかしたらもっともっと、大きいのかも。
 ・・・その覚悟を、リスは?
「つまり、そういうことだ」
 目を細めてあたしを見て、リスは囁いた。
「・・・リス?」
 思わず口から付いて出た、彼の名前。どうしてそんなこと。どうしてそんな覚悟を。
 小さな笑い声を洩らし、リスが再びあたしの前に立つ。そして、ゆっくりと顔を近付けた彼に問う。
 ・・・どうして?
「・・・その呼び方にも、いい加減慣れたな」
 そう言って、あたしの唇を再び塞いだ。




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