硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 2。

 幸せは、どんなもの? その意味すら分からないあたしに、貴方はそれを願った。そして覚悟すら。
 こうして招かれ部屋に入ることの意味は、どれ程までに重要で、信憑性があって、認知されているものなんだろう? 誰も見ていない、この秘密の逢い引きを。こんな触れ合いですら、何の強さにもならないのに? あたしは何も、変われないのに?
 それなのにリスが、あたしを抱きしめる。まるで包むように。まるで守るように、抱きしめる。知らなかった。あたしよりもずっと大きくて、あなたはこんなにも暖かかったこと。
 知らなかった。・・・知りたくなかった。そう思うあたしの目頭が、熱くなる。知らなければ良かったのに。シクシク痛むこの胸の奥と、それを包んでくれる暖かさ。二つは同時にしかやってこない。それを欲するのか拒むのか、迷うこの気持ち。
 でも、あたしは「どうすべきか」は、知っている。たった二人しか知らないこの事実に、どれ程までに寄り掛かれるだろう。どうして信じられるだろう。脆く姿もない、たった一つの事実というだけの出来事。非道く自分を見失わなければ、その答は出ていた。
 見えていた未来に、ほんの僅かな変化。あたしの背負う物が増えた、だけ。それだけ。たった、それだけなのだ。あたし達は何も始まってなどいないし、許されもせず、変わりもしない。あたしは彼の部屋に入った事実と共に生きることになった。ただ、たった、それだけだ。
 言葉はない。変化もない。確たる物など、何一つ。有るとすればこの記憶と、リスに触れられる事と、それを受け止めるあたしだけ。躊躇い苦しいくせに、それを拒まない、あたしの本能だけ。後々の痛みを考えながら今の心地よさに負けてしまう、あたしの弱さだけ。
 無意識のうちに全てが、多分積み重なって高く、高く・・・なっていた。両側から二人で押さえなければ崩れてしまう、そんな大きくてもろい塔に。何て不安定な、優しい感情。
 そう思ったら、じんわりとした、痺れるような痛みがあたしを襲った。息を詰まらせた際に一粒零れた涙は熱くて、それは止めどなく溢れて、まるで感情が零れるように大きくなって。もう、止められなくなって。
 リスの腕の中で泣いた。息苦しくなって肩を震わせて、あたしは声を上げて泣いた。しがみついて泣いた。今はまだ、こんなに近い彼。触れられる彼。そこに有るからこそ、離れてしまうことの意味が辛い。涙が零れるほど、止められないほど、痛い。
 そのあたしを、きつく抱きしめ返してくれたリス。その意味など、答など、あたしには受け取る術はない。求めても、与えられても、拒むことだけが正しい道だと知っている。だって、何も変わらない。今でもあたしは、ここにいるべき人間じゃないことは今までと同じ。分かってる。
 駄目。どうやっても、駄目。分かってる。ほら、分かってもいるのに。駄目、なのに。どうしようもないのに。
 ただ、遅かった。ここは無菌室ではなくて、ただ、あたしを引き寄せる、そして離さない温もりがあった。あたしはそれに、囚われてしまったのだ。
 囚われてしまっていた。多分、大分前から。
 ・・・そうか。と思う。疲れた時に体が欲する糖分。喉の渇きを潤す水。それときっと、殆ど同じ。理性の範囲を超えた要求、みたいなもの。
 しかしそれとは決定的に異なる、実際これは後天的な病気。例えるなら、酒やタバコのような嗜好品。だから厄介な、抗うのがとても難しい、自分との戦いという名の病気。
 それは決して、不治じゃない。ただただ苦しくて辛いけど、抗えないモノじゃない。そして早期離別が一番だとも知っている。知っている。・・・だから・・・。
 これで、最後。
そう思うあたしは、離れ難くなると分かっていながら、リスから離れられない。泣き止んでも、落ち着いても、信じられないことに自分に打ち勝てない。今まではこんな事、無かったのに。
 これが・・・最後だから。
 言い訳するように思う。暖かい腕の中。あたしは目の前の温もりに負けた。敗北を認め、目を閉じて身を委ねる。そんな自分を恥じて呟く。
 許して・・・。
 上の空で。意識のどこかで、きっとあたしはそんなことを思った。




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