硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
12、人間てヤツはさ。分かっていても出来ない、無力な生き物なんですよ・・・。

 答など、分かり切っている。ただそれを胸に、その道に進めるかどうかは別問題。
 ・・・やっぱ駄目。
 翌朝。爽やかな光が射し込む大きな窓をボサボサ頭のまま、ぼんやりと見ていたあたしは。
 ・・・あたしは急に覚醒した。
「うきゃーーーーっ!!」
 一人興奮して真っ赤な顔を覆う。他に何が出来ようか。記憶だけが鮮明に、あたしの赤面を誘うというのに。
 こりゃ、いかん!
 結局あの後、リスにここまで戻して貰い、最後にもおまじないを貰ってからフワフワとした足取りで部屋に入った。そして、そのままベッドに入り・・・。
 寝てしまった。信じらんなーい!! 何やってんのよあたし!
「馬鹿者ーー!!」と叫びつつ頭に手を置いて「芸術は爆発だポーズ」をとり、時計を見ると、七時。メイドさん方がいらっしゃいますのは、いつもピッッッタリ八時。チャカチャカ、チーン。一時間の余裕がある。・・・いける。行け。あたし。落ち込むのは、あとあと! これ以上ここの空気を吸うと、駄目人間になってしまうぞ!
 というわけで。
「よし!」
 気を取り直したあたしは「とうっ」と意味のない掛け声混じりにベッドから飛び降りた。そのままドアに直行。そして躊躇いもなくドアに手を掛ける。何故? 勿論、ここから脱出する為に決まってるでしょうが!!!
 駄目だ駄目だ駄目なんだ! あたしは、ここにいちゃ駄目なんだって! 働かざる者、食うべからずをモットーに生きて行くべき庶民なあたし。こんな所で、ぬくぬくしてる場合じゃなーい!!
「というわけで、世話になりました! さいなら!!」
 と、捨て台詞を残してドアを開け・・・かけて気付く。あまりに非道い格好をしていると門番にも怪しまれるだろう・・・な、と。怪しまれたら、どうなるか。通報されたらアウトである。時間をくってもアウトである。冗談じゃない!
 あたしは慌てて回れ右をして部屋を縦断し、鏡の前で髪の毛を梳かし始めた。服は、これにストールを引っ掛けて何とかなりそうだ。
 そう思いながら、ガシガシと乱暴に髪を梳かす。ああ、こんな事やってる場合じゃないのに。髪なんかどうでも良いのに。一刻も早く脱出したいのに。
「やらざるを得ない、この矛盾に苛つくー!!!」
 そして「きぃーーー!」と奇声を上げ、あたしは再び芸術爆発のポーズを取って髪を乱した。アホじゃなかろうか。正に急がば回れを地でいく、この行動。そんな自分の行動に、苛立ち倍増である。きいぃぃー!
「・・・ん?」
 でも、そんな風にでも触って気付いた。髪はここ一ヶ月のお手入れの成果なのかツルツルサラサラで、ビックリするほど艶々だったのである。それはそれは、その感触に、慌てて頭から手を離した程。
「・・・うわー・・・」
 そして、改めて鏡の中の自分を見て目を丸くしたあたし。ブンブンと頭を振ると、それはサラサラサラと音を立てそうなほど素直に毛先まで揺れ、緩やかに光を反射した。何だこれ。本当に手入れが違うと変わるもんなんだ。いつもは結われてたから気付かなかったけど・・・。
「・・・すごいや」
 そう思いながら通した指には、何の抵抗もない。なんて触り心地の良い髪。自分の髪じゃ、ないみたい・・・。
 それに触れながら、この一ヶ月を思う。髪が変わるほどに、あたしはここにいたのだ。ここで、過ごしたのだ。信じられないけど。
 この髪が、確かに証明している。どんな場所で、どんな風に過ごしたか。みんながあたしに、どんな風に触れてくれていたか。
 そう思うと、鏡の中のあたしの表情が、僅かに曇る。何も言わずに、礼も言えずに去ろうとしていることに、今更悲しくなる。申し訳なくなる。そして、寂しくもなった。
 まるで細くて弱い、不確かな枷。抵抗すれば外れ、引き止めてくれもしない、それなのに確かにそこにある足枷。見えないのに、感じないのに、足を竦ませる、そんなもの。確かな物なんて何もないこの世界の中で、多分一番あやふやで大切なもの。それが今、唯一あたしをここに引き止めようとする「糸」。
 形を変えれば、それはあたしが受け入れてしまう温もりでもある。思わず欲してしまいそうな、失えばどれ程のダメージを受けるか分からない、危うく弱いもの。
 ・・・そう。分かってた。だからこそ、逃げたいのだ。それを引きちぎって、無かったことにしてしまいたい。自分のこの手で、いっそ。
 だって、不安だから。触れてしまったからこそ。触れてしまった気がするから。そう、認めざるを得なくなってしまったから。昨日、結局、強く、与えられて、だから・・・。
 なんて、考えれば考えるほど。
 ・・・頭が痛い。
 そう思い、あたしはとうとう頭を抱え込んだ。今更、後悔。懺悔。そして運命を呪った。知らずにいれば、それで良かったのに。昨日振り払ってしまえば、既に終わっていたのに。あと、五分・・・いや、三分でもずれていたらきっと、それで終わっていたのに。
 あたしの体は、そんなあたしを責めるように覚えてる。彼の感触。言葉。それはあたしを、熱っぽくさせる。その僅かな熱は、思考能力を低下させてしまうほどに意外な力を持っていて。
 不思議。そして厄介だ。
 ・・・いや。だが、しかし。
 ガバッと顔を上げて、あたしは鏡の中の自分を睨む。あたしは負けない。こんな微熱に負けるかってんだ! インフルエンザウィルスでも何でもこい! 来てみやがれー!! うちの白血球で返り討ちにしてやるわー!! と、意味不明な対抗心新たに準備を再開。
 椅子に掛かっていたストールを肩に掛け、あたしはどすどす音を立ててドアに向かった。出ていけば全て終わる。終わる。そして有るべき生活が戻ってくるのだ。それだけの話。進むべき道は決まっているのだ迷うなゴー!!!
 今度こそ、あたしは躊躇うことなくドアを開けた。じゃっ。さよならー!
 そして逃げるように閉めた部屋のドア。見慣れたドア。見てたらあまりに、自分が可愛くないなと思い直して。
 お世話になった部屋。そこに、さっきとは違う感謝の気持ちを呟き、頭を下げてから歩き出す。・・・あのね。分かってるよ。分かってるの。色んな事、本当はちゃんと、分かってるんだ。きっと、理解してるんだ。曖昧ながらも、あたしなりに。
 その上で自分を騙せるとは、思ってないですよ。そこまであたしは、可愛くない女ではないのです。自分を咎めたくなるほどのことは、しない。そんなことやってどうするんだ。自分には甘く、正直に。自分にこそ。

 だから分かってる。自分を説得するように言い訳しても、それらしいご託を並べて隠しても。
 本当のところ、あたしが頑なに出ていこうとする理由は多分、結局そういうことだってことくらい、さ。




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