硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 3。

 人が無意味だと思うことに意味を持つ人もいれば、その逆も然り。結局人ってのはさ。自己満足が必要な生き物なんだよね。例えば言い訳。
「え・・・えーと? じゃあ、その・・・シュリアさん?」
「・・・シュリアで結構でございますよ?」
 シュリアはそう言って、目を丸くする。どうしてそんなことを言わなければならないのかとでも思っているのかも知れない。そそそ、そうか。今まで「メイドさん達」と一括りにしていたから、名前をどうやって呼んだら良いのか分からなかった。
「じゃあ・・・その・・・シュリア?」
「はい。レイラ様」
「・・・」
 なんて素敵な笑顔でしょう。彼女の周りが「ぺかっ」と明るくなったのを見て思う。まずい。何だろう、この違和感。どうしてあたしが呼び捨てにして、彼女が様付けをしているのだ。メイドさん達もあたしを「レイラ様」と呼んでいるけど、その他には遠慮も配慮も何にもないし、第一名前を呼び捨てにしてもいない。あだ名みたいな物と受け入れてしまっていたが・・・こうやってみると背筋が痒くなるってもんである。
「あのー・・・ええと」
「はい? 何か、御用で御座いますか?」
 戸惑うあたしなど何のその。あたしの呼びかけに、彼女は嬉しそうに応える。何でそう・・・いう・・・ううう・・・。
「・・・うーん・・・」
 あたしは思わず頭を抱えた。何でしょう、この違和感、居心地の悪さ。うがー。何だろうー。分からないけど、うがー。頭を抱えながら、「うがー」なあたし。まるで彼女の上品さを、あたしの「うがー」で薄めようとしているみたいな、つまり下品な心の叫び。うがー。
 そうしながら。
 頭を抱えて「うがーうがー」言いながら。もしかしたら、これが有るべき姿なのかも知れないなぁ・・・。と、ふと、そう思う。それはあたしと彼女の関係ではなく、つまり「城に勤めるメイドの有るべき姿」ということ。色々な超非常識人を見ていたため、あたしの常識もちょっとズレ始めていた模様。
 そのズレていたあたしは、彼女みたいなメイドなのに何故か上品なお方を見ると、どうしたらいいのか分からなくなってきてしまって。戸惑ってしまって・・・困ってしまって・・・「うがー」と言いたくなってしまって。うがーっ。
 でも、そうか。そう思うと納得だ。これは多分、一番始めに来るべき違和感だったのだ。その筈だったのだ。けれど何だかんだでここまで引っ張ってきた違和感が、ついにあたしを襲ってきているわけね。成る程。うがー。
「・・・うーん・・・」
 さて、どうしたもんだろう。と、思う。それは良く分かったものの、じゃあどうしたら良いだろう。そんなことを「うがー」と心の中で叫びながら考えるあたしを、更に追い込むような彼女の言葉。
「どうかされました? レイラ様」
「・・・う・・・ーーーーん」
 やめてぇー。その呼び方と言葉ー。と、心の中でのたうち回ったあたし。うがー。とか言っている場合じゃない。まず彼女をどうにかせねば。それが一番早いし。というわけで。
「とにかく、そのレイラ様っていうの止めて下さい・・・」と、呟いた。さっきも言ったけどね。他のメイドさん達みたいに「それ、様を付けているだけで全然そういう上下関係感じてないでしょあんた達」みたいなのは楽。むしろ望むところ。そもそも他のメイドさん達ときたら、怒ってることの方が多いし、図太いし、逞しいし。あたしがどんなに庶民か、知ってるし。よって、楽だ楽だ。楽チンなのです。
 逆に彼女みたいに何も知らなくてか弱くてお上品なのは、だから反則だと思うのですよ。綺麗な発声でおっとりと呼ばれると、ちちち、違うんですー。あたし違うんですー! と、叫びたくなってしまうんです。やめてー。そんな円らな瞳であたしを見ないで下さいー! って、思ってしまうんですよーーーぅ。
「え? で、でも・・・」
 と呟いてから彼女はおどおどとあたしの様子を伺い、反論するのを怯えるように小さな声で「では、どのようにお呼びしたら宜しいんですか?」と問うた。あたしがお勉強を始めてなかったら一瞬「!?」と思ってしまったかも知れない言葉遣いを、彼女は至極自然にこなす。ああ、いるところにはいるものなのね。金と一緒だ。あるところにはある。
 でもこの二人の「配置」はどう考えても相応しくない。あー。本当に・・・さー。リス。彼女連れてった方が早いよ。絶対。こんな良い人材が側にいるのに、爺さんも王子も何とち狂ってるんだ。あまりのことに、もう世界のどこが正しくて何がおかしいのか、分からなくなってくる。
「レイラって呼んで下さい」
 頭を下げんばかりの勢いで、あたしはそう言った。「えっ」と小さな呟きと共に、物凄い驚いた様子が伝わってくる。何だろうなぁ。彼女。どうしてこんなにお上品なのかしら。
「で・・・でも・・・」
「あのですね」
 あたしは彼女の反論を聞かずに、ため息を付いて言った。
「もしかして貴方、御存知無い無いのかも知れませんけど。あたし庶民ですから。庶民の血しか流れてませんから。庶民百%ですから。どうして庶民がここにいるのか。どうしてこんな事になっているのか。どうして自分があたしに付くことになってしまったのか。等々、聞かれても分からなかったり面倒な説明になるので言いませんが、本当に色々狂ってこうなっているので余り深く考えないように。それで」
 一気に説明(?)を終え、あたしは彼女に向き直った。彼女は返す言葉もないのか、目を丸くして呆然と立ちつくしている。
 その彼女に聞いてみた。さっきから疑問に思っていたこと。
「で・・・何をしに、ここへ?」
「・・・は?」
 たった今、目を覚ましたかのように目を丸くした彼女は、ぱちぱちと何度か瞬きをする。大丈夫かしら。気分悪くないかしら。と、必要以上に心配したくなりながら、あたしは余り刺激しないように小さな声で再び問う。
「だから・・・何しに来られたんですか? ここに」
「で、ですから。お世話を」
 お世話。あ、そう。
 彼女が無事だったことに、まずは一安心したあたしは思わず小さく頷きかけて・・・やめた。今、何て言った? 世話?
「・・・何の?」
 食事も髪も服も掃除も何もかも、これでもかって程にお世話されて暇を持て余しているあたしに、これ以上何のお世話が必要だというのか。
 そう思い皺を寄せた、あたしの眉間を多分見ながら、彼女は肩を竦めて言った。
「あの・・・お飲み物とか、ご伝言ですとか、そういう諸々のお世話を・・・」
 はい?
「・・・な、何ですと?」
 がーん。何言ってるの? そんなことまで、やって貰わないといけないの? と、あたしはさすがに顔色が変わる。
 冗談じゃない。そんなことをされてしまったら、暇すぎて絶対死んでしまう。そういう時間が生き甲斐で今現在生き延びていというのに。
「あの、結構です。飲み物は自分で取りに行くから良いです。欲しい物もありません。伝言があったら自分で伝えに行きます。なので、することありません」
 別に彼女に何の恨みもないが、そんなことまでされたら困るの! という気持ちを前に出して、あたしは言った。ノーと言える庶民だ。あたしは。
「・・・で、でも・・・」
 その返事を聞いて、彼女は泣きそうな顔をした。あたしはギョッとして、思わず後ずさる。人間はきっと、誰しも涙に弱い。相手が誰であろうとも。
 しかも、それが美少女であってみなさい。あなた。罪悪感は最高潮ですよ。 
「そうしたら、私、解雇で御座いますか?」
 何もしない内に。そんな心の声が聞こえてきそうな気がする。あああぁ、そうね。そうよね。せっかく来たのに、ねぇ? 困るよね。うん。分かる。分かるよーっ。
「え? ええ、ええいいいえ。い、いいえっ、別にそういうことではっ。ただっ、ただ別にして貰いたいことはないってだけでっ」
 だだだ、だから泣かないでーっ。と、あたしはオロオロしながら、彼女を宥めるように腰を低くしてそう言った。
「じゃあ私、必要ないじゃありませんかーっ」
 しかし応じず。ふえーん・・・と、シュリアは上品に泣き出す。あわわわ。と、どうしようもない、あたし。善悪正誤もない。無条件降伏。お手上げだーぁ!
「あのあの、あのですね。解雇とか何とか、あたしが雇っているわけではないのでそんなことは決められないですしね。そんなご心配は要らないのでありますですよ。ええ。そうですともそうですとも」
 動揺の為、勉強の成果が暴走し始めた模様。いよいよ本当におかしくなってきた、あたしの言葉遣い。どうすんだ、これから先! 戻るのか!?
 と、心配しながらもフォローを止めるわけにもいかず。
「だか、だから、だから来たかったら幾らでもどうぞ。頼む仕事はないと思うけど、暇だったらお話ししたりすれば良いじゃないですか。ね?」
「だって、そんなの困りますー」
 ふぇーーーーん・・・。泣き声は大きくなるばかり。罪悪感はどんどん大きくなるばかり。
 ・・・厄介だ。
「分かりましたっ。無理にでも強引にでもお願いすること見付けますから泣かないでぇーー!!」
 ある意味、他のメイドさんよりも爺さんよりもずっと厄介だこの人ーっ。うがーっ。
 そしてシュリアが泣きやむ頃、あたしは廃人と化していた。




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