硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 3。

 例えば、誰かのために頑張る。それって美学? ・・・いえいえ。とんでも無い。これっていうのは結局、自己満足なんですよね。良いんじゃないですか? 自己満足。お金のため、経験のため、誰かのため、エトセトラ。そんな理由でもあると、人は頑張れる。ひいてはつまり、自分のため。
「レイラ」
 シュリアのおっとりした声が、あたしを包んだ。心地良い。彼女の声。段々心地よくなってきて、今では待ち侘びるほどに馴染んでしまった。
「噂で聞いたんだけど、先生方が誉めてたらしいわよ。最近、凄く頑張っているって」
「・・・本当?」
 えへへへ。と、だらしなく笑ったあたしを見て、彼女は「ふふふ」と笑う。
 テーブルの上の花を整えながら、彼女は楽しそうに微笑んでいる。まるで絵画のような彼女の横顔。見惚れてしまうほどの光景。完璧な程の構成。
 でも、これは現実。ほら、香しい花の香り。
「良い香りね。その花」
 目を閉じて、あたしは言う。ほら、目を閉じても無くならない。五感をくすぐる物がある。だから一層、夢心地。
「こんなに香るの、初めてかも」
「あら」
 あたしの言葉に、シュリアのそんな呟きが聞こえた。それからゆっくりと、あたしに足音が近付いてくる。
「もしかしたら、あたしの香水かも」
「え? シュリア、香水付けているの?」
 目を開くと、目の前に彼女の姿。微笑んでいるだけではない彼女は、一層魅力的だった。
「ええ」
 そう言って、彼女は手を差し出した。その手から香ってきた、花の香。
「ああ、これ」と、あたしは頷く。凄く良い香り。甘くて、優しくて、儚い香り。再び目を閉じてそれを吸い込んだ。ああ、心地良い。
「ごめんなさいね。付けすぎたかしら」
 と、シュリアは心配そうに手を見た。
「ううん。そんなことない。丁度良い」
 本当にそう思う。仄かに香ってくる花。心地良い。シュリアにピッタリだ。
「パーフェクトフラワーっていう香水なの」
 ありがとう。と言ってからシュリアは花瓶の前に戻る。
「色々な意味があるのよ」
 ピンク色の花を持って、シュリアは言った。
「男の人から送られると貴方は最高の女性ですっていうメッセージがあるとか。これが似合う女性はファーストレディだけって言われていたり、これを付けると恋が上手くいくって言われたり」
「・・・ふーん・・・」
 お伽噺のように、眠りを誘う彼女の優しい声。それはそよ風のように、あたしを撫でる。
「憧れていたの。いつか誰かから、これを貰えたらいいなって」
 憧れていた。過去形である。
 その違和感に、あたしは首を傾げた。どうして? と。
「・・・大した意味はないの。でも」
 そう言ってシュリアは笑った。
「もう無理なの」



 それから何日か。彼女は日々、別の香水をつけてきた。あたしは彼女の香りに癒され、浮き立ち、意識を奪われる。
 なんて素敵なんだろう。彼女は。庶民であるあたしが、メイドである彼女に抱いたこの気持ちは、きっと何よりも確かな感情。
「レイラは、何が気に入った?」
 シュリアが、いつもと変わらぬ笑顔であたしに問う。天使みたいだ、と思った。
 それを見て、微睡んだように目を細めて、あたしは答える。
「一日目のパーフェクトフラワーと・・・三日目のルナかな」
 ルナ。月の女神。静かで冷たくて。けれど光が有ればその姿を現す、まるで月のような繊細でもろくて、けれど芯の強い香り。
「そう。じゃあ、その二種類を分けて上げるわ。大瓶で持っているから」
 シュリアは、そう言って一層美しく笑った。
「本当? ・・・ありがとう。でも」
 彼女に微笑み返してから、ルナだけで良い。と、あたしは言った。
 パーフェクトフラワーは、シュリアだけの物であって欲しかった。シュリアが一番、相応しい。




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