硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 16、人間は自分を抑えることの出来る生き物だけど。

 心の痛みは、何よりも素直。そう。言葉よりも。
 夜、十一時。いつも通りシュリアが退室した後。
 あたしは部屋を抜け出した。ルナを纏って。
 付けていて、思い出したのだ。パーフェクトフラワー。その、香りを。そして彼女の言葉を。
「憧れていたの」そう言った彼女の、夢を見るような表情。「もう無理なの」そう言った彼女も、決して表情を曇らせたりしていなかった。けれど彼女のことだ。表情など当てにならない。そう思うと、余計気になった。どういう意味なんだろう。その手がかりを、答を、出来れば一つでも知りたかった。
 迷い無く、廊下を進む。そして、一つのドアを開いた。
 途端、零れてきた光に思わず顔を顰める。大して眩しいわけでもないけれど、予期していなかったことに驚いて。
 明かりがついている。・・・こんな時間まで? 誰だろう。
「レイラ?」
 上から声が落ちてきた。見上げると、梯子に登ったリスがいる。
「どうした? こんな時間に」
 書庫。どうやら彼は、まだ仕事中だったらしい。大変だね。お疲れ様。
「ちょっとね。調べ物ー」
 あたしは梯子の下を通り、本棚の奥に入った。



「何の本?」
 仕事は終わったのか。あたしが本を読んでいたら、リスが後ろから覗き込んできた。
「花の本」
「花?」
 花辞典。見ていたそれを渡すと、リスは何ページかペラペラめくった後、不思議そうな顔をしてあたしに本を戻す。
「何? ガーデニングにでも興味有るの?」
 そう言って、彼は周りの本棚を見上げた。「ここら辺は馴染み無いなぁ」と、呟きながら。
「そういう訳じゃないんだけど・・・」
 応えながらもペラペラめくってみて、駄目だと悟る。なんの香水の原材料かなんて書いてないや。作り方も。・・・そうだろうな。書いてあるわけがない。最初から無理なのは分かってた。そう気付くと、こんな自分の性分が時々鬱陶しい。
 さて。どうやったら調べられるんだろう。と思いながら本を戻す。開くだけなら十冊近く手を付けたけれど、これ以上調べる気にもならず、あたしは口を尖らせて本棚を見上げた。梯子が必要なほどの本の壁。止められないほどに手を付けるくらいなら、ここら辺で止めておくのがあたしという人間である。中途半端? 何とでも言え。
「・・・お前、何か付けてる?」
 不意に、そう言ってリスが、あたしに顔を近付けた。久しくなかった、おまじないを思い出し、反射的にあたしの肩が強張る。
「う、うん。良く分かったね」
「・・・ルナ、かな?」
 リスが呟く。ビックリした。
「知ってるの?」
「有名だからね」
「・・・」
 そっか。有名なんだ。と、あたしはまた、シュリアの過去を思った。きっと、きっと高価な香水なんだろう。と思って。
「・・・リス、パーフェクトフラワーって知ってる?」
「パーフェクトフラワー? 勿論」
 ルナと同じくらい、とても有名だよ。と言って、リスは気付いたようだ。
「ああ、何だ。そのことを調べていたの?」
 頷くと、リスは笑った。
「そっか。シュリアの好きな香水だったからな」
 その言葉に。
 思わず一瞬強く、口を噤んだあたし。どうしてそんなこと、知ってるの? と思う。さっきとは別に、体が震えてきた。足も。パーフェクトフラワーと言っただけで、一番に出てきたシュリアの名前。
「・・・良く、知ってるね」
「ん? ・・・まあ、うん」
 あたしの言葉をどう思ったのか。リスの表情は一転、気まずそうに頷いた。
「仲良いんじゃない。だったら、もっと話せばいいのに・・・っていうか、会った? シュリアに」
「いや・・・まだ」
 逃げてる。リスの返事は、言わなくても確実にそうだった。あたしの方を見ない。それの意味することは、間違いない。きっと。
「・・・リス」
 あたしは、後悔すると分かっていて。
「シュリア・・・誰かからこれを貰うこと、憧れてたんだって」
 そう、言っていた。まるで試すように。確かめるように。
「うん。知ってる」
 リスはそう言って、頷いた。それは迷いのない、答え。
「でも、もう貰えないんだって言ってたよ」
「・・・そうだな」
 そう頷いたリスの返事が、まるで。
 まるで、当事者であるように聞こえて。
「・・・無理なの?」
 と、聞いていた、あたし。
「うん。・・・無理だな」
 リスはそう言って、小さく頷いた。




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