硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 2。

 心の痛みは、何よりも素直。そう。言葉よりも。行動よりも。
 リスに、触れない。
 触れられなく、なってしまった。例えその手を伸ばしても、直前で止めてしまう。どうしても、隣にいる彼に近付けない。それは今までよりも、ずっと躊躇ってしまう理由があるから。
 彼も触れない。ずっと触れない。あたしに。一時が嘘のように、触れない。会っても、話しても。その会話は何の変わりもないのに、それだけが変わった。まるで、何かの壁が出来たかのように。見えているのに。声も聞こえるのに。遮られている、あたし達。
 分かってた。いつか、こんな心の軋みを感じる日が来るって。
 逃げ出せなかった日から、分かってた。分かってたから、今覚えば逃げたかったのだ。あんなにも。・・・きっと。

 大人しく頑張ろう。と、思う。仕事なのだ。自分の責任なのだ。それがここにいる理由。だから、それだけをやっていればいい。やがて意識はそう変わり。
 リスにも。シュリアにも。
 笑えない日が、増えた。

 心配よ。シュリア。貴方が。
 そんなに折れそうな体で。そんなに儚い心で。貴方は何を耐えているの?
 ねぇ。リス。気付いてる? 知ってる?
 シュリアは貴方の話をするよ。昔の話を嬉しそうに。二人しか知らない秘密も、教えてくれた。貴方の中には、残ってる?
 ねぇ。ねぇ。

 ねぇ。二人とも。もし、もしあたしが邪魔だったら・・・。








「レイラっ」
 肩を揺すられて、起こされた。暗闇の中。
 眠っていた、あたしは。
 堕ちそうだった、あたしは。
 名を呼ばれ、涙を零して覚醒した。何も見えない、暗闇の中。
「レイラ。どうした? 大丈夫か?」
 声。そして頬に掛かっていた髪をどけてくれた指の感触と。
 顔を覗き込んだのは、リス。
 ・・・リス? そう気付いたあたしの細い視界が、開く。
 違う。暗闇じゃない。朧気な光が、僅かに部屋を照らしていた。あたしの視界が僅かずつ脳に伝わり、理解が追いついてくる。あれは違う。あれは・・・夢。これが現実。
 ・・・え? どうしてリスが、ここにいるの?


「な、何? 何でリスがいるの?」
 あたしは慌てて起き上がり、そう言った。意識が急に、ハッキリしてくる。
 ここは、あたしが使わせて貰っている部屋。自分でベッドに入った記憶もある。
 だから何も異常など起きていない。リスが、ここにいる理由なんて無い。だからビックリした。ただただ、ビックリした。
「・・・なん・・・いや、ちょっと・・・」
 さすがに眠っている間に入ったことを恥じているらしい。そして多分、あたしを安心させるために。
 リスは躊躇ったものの、最後は「正直」に、こう言った。
「・・・ごめん。実は今日、シュリアと会って・・・」
「・・・」
 どくん、と、心臓が波打つ。リスの声と、その言葉は。
 ごめん? 何の・・・ごめん?
 思っていたよりも強く、あたしの心臓を叩いた。混乱を招くほどに、強く。
「・・・お前の様子が、変だって・・・」
 どくん。小さなリスの声。けれどその言葉が引き起こしたのは安心ではなく、動揺。もう、言葉の意味が分からない。シュリアが、どうして。それでどうして、ここにリスが?
 ・・・どくん。そして多分三つ目のこの鼓動の意味は、二人でいることを想像したから。二人で話していることを想像して、やりきれなくて。
 そう思ってしまう自分に、焦る。
 どくん。そしてそこに、あたしはいない。いらないし、いない。ここにだって。本当は。
 だから不安で、しょうがなくなる。
 どくん。どくん。でもあたしには、どうしようもない。何も出来ない。
 どくん。だからこそ、恐怖してしまうのだ。いつ離されるか分からない、いつ別れが来るか分からない、この繋がりに。
 どく・・・っ。
「・・・そ・・・」
 それを認めてしまう前に、あたしは全てを振り切った。ギュッと目を閉じて、出すに困難な場所にある言葉を吐き出す。
「そんなこと、ないよ。・・・変じゃないよ。全然・・・」
 その声は震え、自分にも聞こえないほど小さな声だった。これのどこが変じゃないというのだ。自分でもそう思うくらい、説得力がまるでない。
 案の定、リスは受け入れてはくれなかった。「嘘付け」と、呆れたような声をあたしにぶつける。
「・・・ホント、だよ?」
 でも、それを認めるわけにはいかなかった。当たり前だ。こんな所で折れて、あたしはこの先どうするというのだ。例え骨が折れていたとしても、歩き続けなければならない。この道は。そういう道なのだ。これは。分かっていて歩き始めたのだから、あたしはゆっくりにでも進む。止まったり挫けたりは出来ない。どんなに辛くても、甘えてはいけない。縋りたくても、触れてもいけない。言葉を交わすことすら、本当は叶わない人なんだから。
 けれど分かっているはずのその現実が、弱ったあたしに耳鳴りを連れてくる。眩暈を覚えるほどに、それは不快で。
「何でも、無いよ」
 混乱すら、覚える。どうしてだろう。何でだろう。今更、自分が信じられない。
 あたしはどうしてここにいて、こんな事をしているんだろう。どうして彼と向かい合い、彼女と言葉を交わし、何も出来ずに、何も知らずに、ただ泣いているんだろう。訳も分からないのに、どうして。
 どうして、この涙は止まってくれないんだろう。拭いたくても、そうしてしまえばリスに気付かれるからと躊躇い何もしなかった故に零れた涙は、朧光に一瞬光った。だからリスは気付いただろう。その存在に。そしてその意味が分からずに、動揺したに違いない。
 その感情が、空気を伝ってあたしに伝わってくる。あたしに向かう視線も感じる。けれどあたしは見ない。彼を見れない。怖くて。分からない。何も。考えられない。もう。
 いっそ、逃げてしまえたらどんなに良いだろう。でも、それも出来ない。そして最後に残った、僅かな理性が叫んでいる。する事は「拒否」だと。たった、それだけ。それ以外の道など、無い。選択肢がなければ、必要なものもあたしの中には何も無いのだ。
「でも・・・」
「リスには関係ない」
 関係ない。それはリスに突き刺さっただろう。痛みの程度はどうであれ、彼の口を塞ぐほどには強い言葉。
 そしてあたしにも、刺さった。覚悟していた筈の痛みは、息を飲むほどに大きかった。それはつまり、二人にあたしは関係ないということに等しいから。そう、あたしは。
 あたしは二人に、何の関係もない。その二人に何が出来ようか。あたしがすることは、あたしがすべきことだけ。それすら抱えていなければ、あたしは壊れてしまう。きっと。倒れてしまう。簡単に。だから。
 理性だけでも。目的だけでも、義務だけでも。お願い。せめてせめて、あたしを支えて。願うように、そう思う。縋るとすれば、そんな理由にだけ。そういう言い訳が出来れば、不安定にでも立っていられる。まだ。
 でもリスは、このささやかな支えを、いとも簡単に消してしまう。きっと。触れてしまえば、知られてしまえば、ただ、こうしているだけでも、もしかしたら。だから。
 放って置いて。お願い。
「・・・気にしないで。あたし本当に・・・大丈夫・・・」
 そう答えたあたしの嘘を、どうすれば証明出来るか。彼は知っていた。
「・・・っ!」
 あたしの首筋に僅か触れ、それに怯えたあたしを見てため息を付く。呆れたように、悲しそうに。そして怒ったように。
「レイラ」
「何でもない」
「嘘付くな!」
 そう言われて、また肩が強張る。怯えてる。あたし、完全に、怯えてる。
 だって怖い。理性すら、意識すら、無くなってしまいそうで。
 リスが、怖い。彼が全てを壊す。あたしの全てを。
 怖い・・・っ。そう思い、顔を逸らしてギュッと目を閉じた、あたしを見て。
「お前・・・なぁ・・・」
 そう言った声は、震えている。そんな彼には、多分分からない。あたしの気持ち。
 あたしも分からない。どうして彼が、怒るのか。
「いい加減にしろよ!?」
 ・・・いい加減にしろ? 何だ、それ。
 どっちがいい加減にしろだ! 大体あんた達が・・・っ。
 言いかけた反論。それは意味のない怒り。そして中身のない批判。
 それで、終わるはずだった。




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