硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 2。

 ねぇ。意外な人が強かで、意外な人が弱かったり。それと同じく、難しいことは実は簡単で、簡単なことほど難しい・・・ことも、きっとある。

 あたしは、ぼんやりとしながら本の壁を見ていた。いくつもの本棚がドミノのように並ぶここには、きっと国中の本が集まっているんだろうな。と、あたしは勝手に思い込んでいる。それ程までに圧巻な、図書館など子供の本棚に見えてしまいそうな城の一室。
 朝。シュリアとのやりとりの後。午前中の、外にいれば空気も温度も気持ちの良い今時分。
 あたしは密閉空間といっても良い、ここ、書庫にいた。用事がなければ入ろうとも思わないこの場所にいる訳は、つまり用事があるということである。本? それには全然、興味ありません。読みません。今だって肘を付いた机の上には塵一つ落ちていない状態。気を使ってなのか何なのか、書庫を使用している人達は別のテーブルで一心不乱に机に囓り付いている。皆、忙しそうだ。対して、読まないのに居るあたし。ただの置物よりも邪魔な存在であることは間違いない。
 それを見てて、あたしは小さなため息。そして再び、本の壁を何の気無しに見上げた。でも、しょうがない。あたしは、ここにいる理由があるんだから。そう自分に言い聞かせながら。
 遠くで鳥の鳴き声が、かすかに聞こえた。





 だから、しょうがないでしょ。だって、しょうがないじゃない。
 午後。昼食後。あたしは本の背表紙を見ていることに飽き、机の上に俯せて、誰にとももなくそう言った。暇でしょうがない自分に、だから我慢しろと言い聞かせるようにもそう思う。
 だって、しょうがない。ここしかない。会えるとしたら、ここくらいしか思い付かないんだから。だから居座っているのだ。「あいつ」に会う為に、居座ってやるのだ。朝も昼も夜も! と、あたしは決めたのである。
 来なかったら明日も通う。明後日もその次もだ! それくらいの根性は幾らでも有るぞ! あいつに会うためなら、いっそここに住んでやる! とさえ、思う。誰かに頼むなりすれば良いのに。なんて、血が上った頭では思い付きもしない。ちなみに城で散々迷った、このあたしである。一度だけ行った彼の部屋など、すっかり忘れていることは言うまでもない。
 その意気込みの反面、その時までやることのないあたしは暇過ぎてダウン寸前。机の木目をぼんやりと見ながら、考えた。いつになるんだろう、と。今日かもしれない。もっともっと、遠い「いつか」かもしれない。そんなことを考えている内に時は流れていくことを、そう言えば最近忘れていた。
 思えば伴い、心が化学反応のように変化する。それがいつか全て混ざったら、きっと黒になってしまうだろうと思うほどに変化に富んだあたしの心。見ていて怖くなる。でも、飽きない。あの頃から、ずっと。
 そして知らずの内に緊張していたらしいあたしは、目を閉じ、それを押さえ込むように息を整えた。大丈夫。その言葉だけで僅か治まっていく心の動揺。だって、そんな何の確信もないことを、あたしは信じている。だから、大丈夫。そこにある苦しい感情は、けれどとても優しいと言うことも知ってるから。
 彼に、会いたかった。無性に会いたいと思った。会うのが怖かったけど、会いたかった。会って、話をしたかった。上手くいくか分からなかったけど、会いたかった。不安はあっても、その気持ちは微塵も霞まないほど強い。
 だから会えない時間も、本当は全然、苦にならなかった。明日待つことも、ほんの僅か、楽しみになるくらい。問題解決や話し合いよりも、あたしはただ、会いたかっただけなんだろう。つまり結局、それだけで何かが変わることを知らずのうちに分かっていたんだと思う。だから、ひたすら待ってやるという気持ちは鋼鉄のように硬く、そしてあたしにとって優しいもの。
 それが彼である理由を、あたしはまだ知らない。ただ、待ってる。





 そして見付けた。もうすぐ一時になろうという頃。真夜中。しつこく書庫に入り浸っていた、あたし。
 ドアの開く音と人の気配を感じ、コソコソと確認作業開始。昼間よりも照明がダウンした僅かに薄暗い利用時間の過ぎた書庫は、耳が痛くなるほどシンと静まり返っていた。
 そこに潜んでいたあたしは、誰が何と言おうと絶対に怪しい。怪しさ満載。こんな人物が城に潜んでいると言うことを、そろそろ皆に再認識して貰い、色々と考え直して貰いたいもである。
 まあ、今はそんなことを言っている場合じゃない。どうでも良いや。と、自分の都合の為なら、使用時間や城の規則や安全など知ったこっちゃ無いのが庶民である、このあたしなんですけれどもね。
 さて。一部分がとても明るくなったのを確認して、あたしは光に誘われる虫のようにそっちに向かった。足音を立てないように、気を付けて進む。歩くよりも走りたい性分のあたしにとって、とっても大変だったことは言うまでもない。
 そして光の射す場所へ。ドキドキする自分の胸に手を当てて、本棚の影からそっと伺った先に、彼の姿。あたしの捜していた獲物・・・じゃなかった、人だった。


 来たーーー!!
 あたしは慌てて陰に隠れ、何か言ってしまわないように口を押さえ、火照った頬を扇いだ。
 ほほ、本当に、来た。一日中、待った甲斐があったというものである。人生、やればやっただけ何かが前進する物だ。ビバあたし! あたし万歳!!
 大した努力でもなかったが自分を誉めてから、あたしは静かに深呼吸を三回した。しかし、おかしなことに心臓は早さを増すばかり。全然落ち着きそうもない。何でだ。どうしてだ。これじゃ困る・・・い、いや。良いや。心臓はどうでも良いや。この際放っておこう。よし、行くぞっ。
 ・・・と、心臓という大切な器官を無視して光に踏み出しかけ、止まった。ドキドキでは治まらない。ドコドコ音を立てていそうな心臓の暴走は加速するばかりなのである。体がガクガク震えて止まらない。うわわわ。まずい。これは、まずい。と、さすがに気付いた。も、もぅ・・・ちょっと、止まれって!
 自分の胸にそう言って、はたと我に返った。・・・い、いや、嘘。止まらないで。ごめんなさい。と、我に返って謝罪。心臓が止まったら死んじゃうじゃないか。君は僕にとって必要なんだー。君が居ないと生きていけないよー。とか、ご機嫌を取ったり謝ったりしている内に少しだけ暴走が治まってきた模様。やれやれである。これだから男女の仲と心臓は・・・とか、言ってる場合じゃないだろ!! ぺしっ、と自分のおでこを叩いて仕切り直し。
 そして、あたしは再び光に目を向けた。・・・うおー。やっぱり緊張する。いざ、この時になると緊張するーっ。・・・で・・・でもっ。
 負けるもんか!! よし行け!!!
「・・・リス」
 しかし心の声とは裏腹に。出てきたのは小さな、小さな声だった。あたしにすら、良く聞こえない声。
 彼は気付かない。ホッとしたような、もどかしいような・・・あたしは。
「・・・リスってば!」
 と、意を決して思い切り叫んだものの。
 あたしは多分、物凄く・・・気まずい顔をしていただろう。実際、相当気まずかったからね。他に表情を作れないくらい、そりゃあもう気まずかったからね。
 でも「やっぱり後日にしよう」なんて、そんな程弱くもなかった。どうせ、いつかしなければならないこと。いつかは会わなければならない人。だったら早いほうが良い。こんな状態を長く続けるなんて馬鹿げてる。人生は有限なんだから。
 やっと、会えたんだから。
「な、何だよ・・・」
 一方、昨日の強引さが嘘みたいだ。多分、狙って真夜中、本を返しに来たリスは、あたしの顔を見て目を丸くして。
「何でこんな時間にいるんだよ」と呟いた。


「・・・待ってたの。ずっと」
 一日中。こんな所で。あんたのせいで・・・。
 と、言いかけて違和感を覚える。あ、そうか。あたしの為か。と、気付いて。 
「・・・何?」
 一方、胸の近くまで持ち上げていた本を手と共に垂らし、リスはあたしを見て無表情な声でそう言った。その表情に戸惑い、気付く。
「え? ・・・いや、何っつーか・・・」
 そうか。「恥ずかしい」。多分、二人ともそう思っているからお互い、声がふてくされたみたいになっているのだ。正直、可愛くはない。気まずさも満載。でも、しょうがない。今日ばっかりは、しょうがない。
 ・・・しょうがない。そして面白くない。「あたし」は。だって。
「・・・何よ」
 何なのよ。その言葉は。その態度は。と、思う。本当に面白くない。怒りに似たものまで込み上げてくる。だって。
 だって分かってるくせに、そうやって素っ気ない態度をとるなんて、狡い。もどかしくて仕方ない。昨日あんな風に抱きしめてくれたくせに。キスをくれたくせにって思う自分が、恥ずかしいから。そんなあたしを分かっているくせに。
 それなのに意地悪なリスは、絶対狡い。恥ずかしいのは分かるけど、こっちも素直にならなきゃって思うけど、そう出来ないほどリスは狡い。狡すぎる。・・・何よ。大体リスだって。
「・・・リスだって・・・悪いんだー・・・」
 だから顔を歪めて、あたしは言った。言ってはいけないと思っていた、彼への気持ち。彼へ向かう物を全て拒否して押さえ込んでいたら、気が付いたらとんでも無くかさばっていて。
 もう、収拾が付かない。
 我慢も出来ない。表面上で繕う余裕なんて、それこそどこにもなかった。
「あたしだけじゃないーっ。絶対あたしだけじゃないもんーっ」
 そして体が震えるほど力を入れて、やっと絞り出した声。ごめんなさいとか、仲直りしたいとか、考えていた綺麗な言葉は出てこなかった。つまり結局、素直になれなかったあたし。この期に及んで、とことん可愛げの無い女です。はい。
 でも、それで良かったらしい。その言葉を言えただけで多分、彼は許してくれた。
「・・・分かってるよ」
 リスはため息混じりにそう言って、あたしの後ろの本棚に手を付き、顔をゆっくりと覗き込んできた。間近で臨む彼の視線を、あたしは目を丸くして見返す。
 それしか出来ない。僅かな恐怖と、拒否出来ない本心があたしを襲う。これが多分、胸の高鳴りなんだろう。誰かに反応する、心の音なんだろう。抗えない、刺激。経験して初めて分かる、あまりに大きすぎる刺激。
 そのあたしを本棚に押しつけ、まるでその心臓を刺激しないように。
 そして、それを証明するかのように。やがてリスは、優しいキスをくれた。こんな風に、触れなかっただろ? って。触れて欲しかった? そうとも取れて、あたしは彼のキスに応えられない。ただ触れるこの感触は、あたしの全てを癒す。それだけが、全て。心と体が震えて、何も出来ない。気が遠くなりそう。
 限界。この心に、抗おうとする意志が限界。崩れてしまう。目の前で崩れていく。あたしが必要と思う、強さが。中心に必要な芯が。それを守ろうとする心が。
 崩れていく。
 あたし、もう・・・駄目だ・・・。
「まだ、駄目?」
 それを分かっているのかいないのか、リスは震えるあたしに気付いてそう言い、昨日とは違う優しいキスを何度もくれる。優しすぎて、心が痛い。涙が出てくる。やっぱり昨日とは、違う涙。
 彼の腕が腰に回って、あたしはきつく抱きしめられた。それは昨日と同じで、暖かい腕の中。あたしが求め、拒否せねばならなかったもの。
 そしてもう、拒否出来るはずがないもの。そう理解して、あたしはやっと自分の意志で目を閉じた。どうしようもない。もう。
 どうにも出来ない。もう。諦めにも似た、その感情故。従うべき本能に素直になった故。
 やがて僅かに応えたあたしに満足したのか、リスはあたしの涙を指で拭って笑った。優しい表情。あたしは彼の、この表情が一番好きだ。と、思う。けれど泣き顔が恥ずかしくて、見てると苦しくて涙が止まらなくなりそうで、そうしたくはなかったけれど、あたしは俯いた。
 そのあたしを許し、ゆっくり強く抱きしめ、リスは満足げに大きな吐息を付く。あたしにだけ見せてくれる安息。あたしだけが感じられる彼の温もり。感じられる重み。触れ合うだけで、どうしてこんなに切ない程幸せを感じてしまうのだろう。こんな幸福感が存在すること、あたしは知っていて知らない振りをしていた。だから求めて、拒否をした。
 本当は凄く辛かった。そして今でも怖い。そのあたしを癒してくれる、彼。与えた恐怖と、同じ大きさの、幸せ。
 でも、もっと欲しい。だから、もっと欲しい。幸せの方。そう主張するようにあたしは彼に身を委ねる。
 そんなあたしに安心したのか、それとも可笑しかったのか。リスはあたしの髪に触れ、「久しぶりに、ここにもキスしようかな」と、首筋をなぞって、からかうように呟いた。それは、あたしにとっても久しぶり。遠い日を僅かに思い出し、そして感覚に素直に体が強張・・・。ん?
 ・・・キス?
「い・・・いつから?」
 おまじないって、言ってたじゃない。それが、いつからキスになってんのよ! あたしの許可も得ずに!
 悔しくて照れ臭くて思わずそう反論したあたしに、彼は小さな笑い声を漏らして答える。
「最初から」と。



 その後に訪れた懐かしい眩暈に溺れながら、あたしはそれでも忘れない。あたしには、確信も約束も強さもないこと。
 けれどあたしは抜け出せない。もう、囚われたまま。逃げられない。


 変わったのは、あたしの覚悟だけ。
 いつかこの手を離される時、その痛みに耐える為の、覚悟だけ。いつか来る、その日への恐怖だけ。


 それでも今、溺れさせてくれるなら。
 今、一生分の幸せをくれるなら。
 耐えられるだろうと、思った。




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