硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 5。

 強い気持ちは、全てを越える。例えば、驚き。例えば、事実。例えば、誤解。例えば、感情。それは・・・愛?
「真ん中から、こっちには絶対来るなよ。絶対だぞ。このラインだぞ。分かるな? 心の目で見ろよ。正直者には見えるはずだ。お前はやれば出来る子だから。多分」
 そう言って、あたしはリスと反対側からベッドに入った。そして蹲る。
 ・・・しかし、やってみて分かった。これ、おちおち寝ていられる状況じゃない。例え、端と端だって。
 ・・・まずい。絶対、まずい。
 まっずーーい! 改めてそう思う。だって、そうだ。あたしはさっき、動揺して忘れていたけどさっき、こいつがどんな気持ちであたしと一緒に居るか、気付いたのである。分かったのである。
 それなのに、あたしは何を許しているのか。二人になったら絶対に「お前のしていることは間違っている!」と指をさし叫んでやろうと思っていたのに。あたしの行動がおかしいから、そんなことを言える雰囲気じゃ無くなっちゃったじゃないか。どうしよう。こんなことをしてしまったことで、余計に。ああああぁあ。馬鹿。あたしの馬鹿。ポカポカ。しかし自分の頭を殴っても、何の解決もしやしない。痛いだけだ。じゃあ止めよう。
 ・・・等という自分の愚行をリスが見ていたなんて、背を向けているあたしには分からないし、動揺故に考えもしませんでした。はい。
 思えば、こんな行動がリスを動かしたんだろうなという後から思えば当然過ぎる事実は、この時には思いもしないわけでして。冷静であれば程々の端に何事もなく就寝することも、リスを責めることもきっと出来たわけでして。それなのにこの時点で、あたしは自分の足を引っ張っていたわけでして。
 とにかくそんな風に自分を責めていたら「お前、落ちるぞ」と、後ろから声が掛かったわけでして。ええ、もう落ちそうです。てか、ほぼ落ちてます。手も足も半分はみ出してますから。でも、お構いなく!!!
「大丈夫です」
「・・・絶対落ちるよ?」
 うん、分かってる。あたしも、そう思う。でも心配ご無用。
「落ちても大丈夫です」
「その大丈夫か」
 アホだろ。お前。と言って、リスがあたしの腕を掴んで引っ張った。貴方いきなり契約違反!!!??? 何やってんのよ馬鹿ーーー!!! そしてその状況を招いた迂闊な自分、大馬鹿ーーーー!!! 誰か助けてぇーーー!!
「ちょっ」
 あたしは思わず叫んでた。ちょっと待ってーーー!! と。・・・情けない。色気も何も無い。でも、しょうがない許して。
「まだ何にもしてないだろうが」
 対してリスは、呆れたような口調で呟く。大体、お前がおかしいから悪いんだぞ。とも。ごもっともかも知れませんが、そんな真っ当な言葉を聞いている場合じゃありませんなあたし。
「じゃあこの手を離してあたしを自由にしてみてお願い」
 リスに腕を捕まれたまま、それでも背を向けたままでいられたので真っ赤な顔を見られなかったことこれ幸いに、無駄に早口でお願いしてみる。そしたらここから逃げ出して、ソファで寝るとごねてみたり脱走したり出来るでしょ? ね?
「やだ。そんなことしたらお前、あたしがソファで寝るからお前は来るなとか、それともなければいきなり逃げ出したりしそうだもん」
 ヘイ、ミスター。何故に、そんなに正確に心を読むんだ。あたしが単純だと言いたいのか。おい。そうなのか。と、逆切れの怒りを隠して再びお願い。
「よし分かった。ベッドからは出ないと約束するからお互い半回転したら落ちますよ位の場所に戻ってみようよお願い」
「アホか。お前、言っていることも話し方も全て変だぞ。どうかしたのかよ」
「ど」
 そういう問題じゃないだろう。それは最もだが、今はどうでも良いこと。そもそも、あんたが原因で問題が色々起きているのに、そのあんたが「どうかしたのか」なんて言うな!!!
 ・・・と、言いたいけれど言えない、このモヤモヤをどうしてくれよう!
「どうもしてないっ。とにかく約束を守ってよ! 離れて! っていうか、離して!!」
 でも、あたしの行動は彼を煽るだけ。
 と、この瞬間に、やっと気付いた。
「? 何でそんなに拒むんだよ。俺が嫌いか?」
「え? ちょっっっ」
 思わず悲鳴を上げたものの、抵抗する暇もなかったあたしを簡単にひっくり返し、至近距離から見下ろしてリスが言う。そんなことを、そんな距離であっさり聞くな! と言いたくなる至近距離で・・・って、あんた一体何やってるのー!?
「なななな・・・ちょっ。は、離してよ!」
 あのね。そういう問題じゃないの! 大体あんたがおかしいのよ。あたしとこんな場所にいる、あんたが!! だから離せ戻せあたしを逃がせ!!
 そりゃ、そりゃーね。責任だの取ろうとするあんたは偉いかも知れない。でも、あたしの身にもなってみ? たまりませんよ。好意の拒否。させないでよ。そんなこと。もう、あたしを離してよ。お願いだから。もう十分だから。感謝してるから。本当だから。だから言い辛いんだから。だから。
「駄目」
 それなのに、リスは拒否。逃げ出そうとしたあたしの腕を押さえるように掴んで、全く悪びれもせずそう言った。あたしの言葉は彼を煽り、彼の言葉はあたしを煽る。どうしてだろう。どうして、こうなんだろう。思えば、そう。最初から、そうだった。
「駄目じゃないよ! 向こう行ってよ!」
「やだ」
「や、やだー!? 約束が違うじゃないっ」
「約束?」
「そうよ! 約束したでしょ!?」
 端と端に寝るって、約束したでしょ!? この嘘つきがーーー!!
 あたしが喚くと、彼はそれが終わるまで十分に待って。
 その後、静かになったあたしに、呆れたように、こう言った。
「そんなことは、どうでも良い」
 アホか! それが一番重要なんだ!
 しかし反論し掛けたあたしの目を覗き込んで、今度は有無を言わさず彼が言う。
「質問に答えろ。お前、俺が嫌いか?」
「・・・き・・・きらっ」
 弾みで言いかけて、慌てて踏みとどまる。
 嫌いだ! お前なんか! そう言えば、見事な偽善者になれる。偽善者になることは、ある意味逃げだ。つまり、楽だ。その道を選んでも、きっと間違いじゃない。それで救われることもある。そうやって先に進むことは、時に必要なこともある。・・・けれど。
 でも、あたしは嫌だった。偽善なんかで庇えるほど、これは小さな話じゃない。今のあたしの全てを・・・そう言っても過言ではない世界を失う瞬間なんだから。そう望みも期待もしなかったけれど、知らずのうちに大きくなってしまった大切な世界を失ってしまうってことなんだから。それが正しいと信じていても、痛みを覚えるほどにあたしは辛いんだから。
 だから、この胸がどんなに痛んでも。どんな辛い思いをしても、あたしは絶対自分を偽らない。せめてせめて、自分を偽らずに手を離したい。そうしなきゃ、絶対後悔する。だから。
「嫌いじゃない! でも、駄目!! もーだーーめーーなのーーー!!!」
 触れないで。優しくしないで。誤解を招くような事を止めて。手を離して。ね? お願いだから。しかし込めた気持ちは声に成らず。ただの悲鳴のように部屋に散った。
 キリキリ痛む胸と、悲鳴に傷付いた耳で思う。やっぱり、もう限界みたい。だってここは、あたしの居場所じゃないもの。いるだけで落ち着きを無くすくらいに、合っていないのよ。こんなの、不自然だもん。
「不自然」。結局ね。あたし達の間にも、そんな物しかないのよ。だから手を、離して? もうこうして、お互いに違和感を無視して触れ合うの、やめよう? ね?
 それが多分、あたしの端的な願い。望み。そして自分の信じる道に進むための、僅かな原動力。生きるための痛みは、生きるために我慢する。相当な苦痛だと分かっていながら、恐怖に似た物すら感じるほどに大きいと分かっていながら。
 あたしは、それでも覚悟した。でも、そうとは言えない。だからきっと、あたしは叫んだのだ。彼にこの痛みが伝わるように、多分心のどこかで願いながら拒否をしたんだ。それが自分を傷付けることを知りながら、我慢出来なかったの。愚かね。そして、とても尊い気持ちだわ。悲しくて、切なくて、苦しくて、そしてほんの僅かに優しい痛み。この痛みは、幸せの代償でもある。そう思えば、ほんの僅か報われる。それはもしかしたら、とても幸せなことなのかもかもしれないね・・・。
 逃れられないよ。それ程までに、あたしは素直でいたいと思ったから。それ程までに、あなたはあたしにとって大きいの。大きくなってしまった。訳も分からず、名前も付けられないのに、それだけが確実な感情。だからこそ、嘘も言い訳も逃げも強くしたいと思う反面、絶対出来ないこの矛盾。それを抱えたまま、あたしは信じるべき道へ「再び」進む。何度も挫折した、別れへの道。
 理由を言わない。訳も教えない。ただ、望むの。あるべき姿に戻ること。触れ合うはずのない二人が、触れ合えない場所へ戻ること。正しいと主張して、ただ、戻るべきだと全てに言い聞かせるの。それがつまり「正常」で「別れ」だって、あたしは知っているから。世界がそう、言っているから。
 本当は、あの後「責任でしょ?」と、勢いでそう言いかけて、止めた。それが正解でも、彼はノーと答えるだろう。だから、言わない。言うもんか! 大体、それをしてしまったら、きっときっとどうしようもなくなる。一緒にいても、いなくても。
「あほ」
 しかしリスはそんな心中など全く気付く様子もなく、呆れたようにそう言って、あたしの顔を更に近くで覗き込んだ。きゃーっ。いけませんーっ。
「お前、それで済む話だと思ってんの?」
 済ませろよ! あんたには、それが出来るだろうが! 何でも出来る立場にいるだろうがーー!!
 ・・・と、こんな時に権力を振りかざすあたし。使う場所を間違えている権力。そして、自分の物じゃない権力。そもそも、リスの権力をリスに使ってどうする。効くわけがない。
 間抜け。凄い権力だからこそ、余計に哀れ。そして最後は、空回っている自分が最も悲しい存在。ということになる。ちくしょーーっ。
「うるさーい! だから、もーーっ、とにかく離してよ触らないでよ!!」
「? どうしたんだよ。お前」
「やーだやだやだなの!! やだ! こういうの、もう嫌なの!」
 その結果、出てきたのは勢いに乗った無意識の言葉達。
 そして、あたしは言った。言ってしまった。勢いに任せて、結局。
「嫌だって言ってるんだから、それ以上の理由なんか、もう要らないでしょ!? だからあたしに触らっ・・・なっ・・・」
 言った瞬間に気付く。弾みという名の、踏み外し。流れからいえば、誤解されても仕方のない言葉。
 しかし取り消しは利かない。そういうことを、あたしはやってしまった。
「あ・・・」
 偽善よりも最悪だ。最悪なことをした。
 あたしは、嘘を付いた。




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