硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 23、怒りと真実と感動のエピローグ。

 その日の内に、純正庶民のあたしが言うのも何だが、懐かしい城に帰ってきた。もう夜更けの話。
 しかし城には煌々と明かりが灯り、まるでこれから宴が始まるかのよう。いつも、ここはこうなんだろうか? 城下にいた時は見えなかったし、ここに来てからは今回以外、夜間外に出ていないから分からないけれど・・・。
 そう思いながら、みんなに見送られた場所に降り立った。そして、その光の意味を知る。
 みんなが、まるでずっとそこに居たかのようにそこにいて。笑顔でリスを出迎えた。
「おかえりなさーい! クリスロット王子! レイラ様!!」
 声を揃えて「あたし」のことも。
 ・・・ただいま。
 そう呟く言葉は、震える。
 涙が出そうになった。その暖かさに。





「疲れた?」
 黙っていたあたしの手を取って、リスは言った。あたしは彼を見上げ、小さく首を振る。
 あたし達は、中庭の一角に立っていた。いつか、うたた寝をしていたらリスと再会した庭の木の下。二人の髪を、優しく撫でていく風。シンと静まり返ったそこは、あたしに落ち着きをくれる。
 思えば一つ一つ終わる度、あたしが別れを決めて手放そうとする全ては、どこへも行かない。ここにいる。ずっと。今も。
 ・・・これからも?
「あー・・・そう言えば、ごめんね。リス」
 あたしは、ぼんやりと景色を見ていて思い出した。あんなこと、あったな。こんなことも、あったな。なんて、笑っちゃう事も多い思い出。それを伝い、そう言えば最初は・・・あ、そうだ。あの一億。と、芋蔓式な記憶を掘り起こして、最後口から出て来たは謝罪。
 勿論、思い出したのは全ての始まりのあの硝子の靴破壊事件。全てはあそこから始まったのよねぇ。なんて、しみじみ思った。
「何が?」
 それに対して、心底何のことを言っているのか分からない。という顔をしてリスが言う。
 そんな彼を見上げて、あたしは口の端を持ち上げた。今更だよな。分かる訳無いよな。そう思うよ、あたしも。やっぱり謝っておかねばならぬのぅ。なんて、唐突に思ったことなんて、さ。
 そう思いながら、あたしは首を振る。でも思い付いた時に言わなきゃ、きっと言いそびれてしまうこともある。あたし、この先何があっても、あの時にしておけばっていう後悔をしたくないから。と。
 だから言った。大分遅いとは思うけれど、ね。
「・・・その。本当は最初に謝るべきだったのかも知れないけど、硝子の靴・・・さ」
 壊して。と、最後の言葉は色々な条件が重なって、あたしの声は小さくなった。でも、きっと彼には届いただろう。
 そんな繋がりに、今更不思議なほど大きな感情を覚えながら思う。ここでの経験は、良くも悪くもあたしの宝だ、と。まだ、終わった訳じゃない。でも例えこの先何があっても、あたしの人生の中でこの思い出は強く輝き、そしてあたしを支えてくれるだろう。心強いほどに、この思い出は優しい。全てを失っても良いと、僅かにでも確かに思った強さもある。過去が生きていく糧になると、あたしは確かにそう実感した。初めてそう思えるほどの時間を過ごせた。その中にいるリスに、申し訳ないと今は心から思う。だから遅くても何でも、心からの謝罪をした。
 しかし彼は首を振って、あっけらかんとこんな返事をする。
「ああ、何だ。良いよ。あんなもん」
「・・・あんなもん・・・」
 その言葉を聞いて、ガックリ肩が落ちた。あんたにとっては、その程度の物ですか。これだから価値観の合わない男って難しいのよね。高価な物なのに、あんなもん、だって。やれやれやれ。と、思わずため息。そういうズレは、ほんの少し悲しいとも思う。しょうがないのは、分かっているけど・・・。
「安物だし」
「そっか・・・」
 いや・・・まぁ、ね。そうやって許してくれるのは、本当は有り難い事だって分かってはいるの。冷静に考えれば。そうじゃなかったらあたし、大変なことになってる、って。
 ・・・けど、さ。それでも・・・うん。やっぱり値段が値段だから「はい、そうですか」とは・・・。
 ちょっと待て。今、何つった? やす・・・。
「・・・・・・安物ー!?」 
「? そうだよ?」
 リスは何て事ない顔で言う。そして「どうかした?」と、不思議そうに呟いた。
「あれ、流れの商人から買ったもんだよ。十万そこそこじゃなかったかなー」
「十!? ・・・な、何ですってー!?」
 十万を安物とあっさり言うリスにも腹が立ったが、今はそれどころじゃないのはお分かりな筈。ワナワナと震えたまま、怒りにまかせてリスの胸ぐらを掴んだあたし。何だ何だ? と、リスは目を丸くした。
「あたっ。あたしはねぇ! あれのせいで脅迫されたのよ!? あれっ。あれのせいで!!!」
「・・・脅迫?」
「あの爺さんが人の物壊して、そのままとは何事だみたいにいうからっ。責任取れみたいにっ。金返せみたいにっ。じゅっ十万なら返せない額じゃないのに! 全然ないのに!!」
 そりゃ、彼は何も言わなかった。一本指立てただけで、ハッキリ何も言わなかったけど。
 詐欺じゃないか! 爺さん、あんた詐欺師だよーーー!!! 最悪ーーー!!!
「・・・お前、幾らだと思ってたの?」
 そのあたしの怒りの矛先。もっと言えば被害者?
 結局は何にも知らないリスは、大人しく胸ぐらを捕まれたまま、一体何を言ってるんだ。という怪訝そうな顔をして呟く。その言葉に我に返り「うぐっ」と、言葉に詰まったあたし。
 そして行き場を失った怒りは、あたしの中で燻り、恥ずかしさとなって再燃。最後には余りにも情けなくなって、言おうかどうしようか迷ったけど・・・。
「・・・う・・・い・・・いち・・・」
 結局、真実を言うことにした。なさけなーっ。と、思いながら。でも、これを言わないと話が進まない。リスの服から手を離し、俯いて地面に向かって落とした言葉は、当然以下の通り。
「・・・一億」
「いち・・・」
 その言葉は、憎たらしいがちゃんと聞こえていたようである。そしてリスは裏返った声で反芻しかけ、多分一瞬呆気にとられてから笑い出した。
「おまっ。お前馬鹿じゃないの!? 本当に信じてたの? そんなこと。硝子だよ!?」
「うるさーい!!!!」
 庶民なのよ! あたし庶民なのーー!!! 恥も外聞もなく叫んだあたしを、まだ笑いながらどうどうと宥めたリスは涙目で尚も笑う。
「お前ほんっっと、おも、面白いヤツだな。あははは」
「あんたには分からないでしょうよ!」
 あたしにだって今となっては、そんなことを信じてた自分が分からないわー!! 羞恥心と怒りで、あたしの顔は真っ赤。
 しかししかし、である。ちょっと待てよと冷静に考えれば、明るい未来が見えてきたじゃないの。何だ。何よっ。じゃああたし、もう無罪放免よね。きっと十万くらいの働きはしたはずだわ! これで胸を張って自由の身よ! 誰にも文句は言わせないから! あははははーだ!!
 ・・・という心の叫びは、後から思えば多分本気でもあり、または照れ隠しでもあったんだろう。まずは取り敢えず間違いなく、自分の犯した過去の失敗を払拭したという、安心感の産物ではあったに違いない。
 しかしそれを何一つ実感するまでもなく、それは以下の言葉で唐突かつ強引にストップ。
「何言ってんだよ」
「・・・は?」
 その言葉に我に返り、気付くと視線の先には眉間に皺を寄せんばかりのリスの顔。え? 何? 何か怒ってるの?
「・・・あれ? あら? え? 何がですか?」
 普通を装ってそう言ってはみたものの、見慣れないリスの表情と、考えていたことが考えていたことだけに、あたしはこれでもかと肩を竦めた。おおお、落ち着け、バレてない。ばれるはずがない。・・・よね?
「お前、まーだ出て行くつもりでいたの?」
 しかしその願いは空しくも散る。・・・あらー? 何故だろう。バレバレだ。バレバレ。
「え? な、何でそんなこと言うのかなっ?」
 何でバレたのかな? おかしいなぁ。あははは。・・・困ったぞ。これは。という、複雑な表情で頭を掻いたあたし。
 リスはそれを見てため息を付き、呆れたような顔をした。
「・・・お前、気を付けた方が良いぞ。全部口から出てるぞ」
「嘘っ!」
 言ってた? 全部垂れ流してた!? あわわわ。と、慌てて口を塞いでも、もう遅い。ばーれーたーっ。ぎゃーっ。やべぇ。どうしようーーー!
「こっち向きなさい」
 リスはそう言って、頭に手を置きぐるぐる回っていたあたしの腕を掴んで止め、方向を変える。そして向かい合って、言った。
「何で? 何で、まだそんなこと言うの」
「・・・」
 そう言われて、怒られた子供みたいに肩を竦めて泣きそうなあたし。でも何でも何も、大体あたしのいる場所じゃないからだよ。怪我っていう理由も、仕事っていう理由も、もう全て無くなってしまった。それってね。あたしがここにいる意味がないって事でしょ? そんなことも分からないの? ・・・どうして分からないのかなぁ・・・。
 そうは思いながらも、居ても良いと言われているのは素直に嬉しいから言えなかった。素直な気持ちを言えば、あたしだってここに居たい。みんなと・・・いや、勿論、リスと。
 一緒にいたい。でもやっぱり、それは無理な話だって思うから。叶わぬ願いって、思うから・・・。
「じゃあリスは・・・」
 とことん素直になれないあたし。そんなこと言って、お前は責任取れるのか!? このままあたしが居座るということは、一人分の食費や光熱費が余計に掛かるって事だぞ!? そこまで面倒見れるのか!? という庶民的な心配の確認の意味も込め、言ったのは以下の通り。
「あたしがずっとここにいても、良いと思ってるの?」

 あたしが必死で絞り出したその疑問に。 

「・・・は?」
 一瞬間を置いてから間の抜けた声で、そう聞き返したリスは、ちょっと眉間に皺を寄せて宙を睨む。そしてそのまま、遠くを見ながら呟いた。
「・・・え? 何言ってんだ。今更」
「う・・・だ、だって・・・」
 難しいなぁ。前から思ってたけど、この話は話す事が難しい。言葉を選ぶのが、とっても。誤解されたくないと思うから遠回しになるし、それじゃなかなか伝わらないし。
 挙げ句、やっぱり真意は伝わってなかったらしい。リスは困ったようにこう言う。
「・・・ええ、と・・・お前が何を言ってるのか分からないけど」
 分かれよ! と言いかけたあたしに、リスはこう言った。
「むしろ居て貰わないと・・・困るだろ?」




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