硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 1、庶民、愚図り始める。

「ねぇ。リス」
 お茶の時間を見計らって、あたしはリスの部屋に来た。初めて来た時よりずっと慣れて、加えて昼というだけで馴染みやすい王族の部屋。大きな窓からは贅沢なほどの光。透き通るような美しいレースのカーテンが風に揺れている。あー。気持ちが良いなー。世は満足じゃ。なんちゃって。
 ・・・いや、贅沢言ってるわけじゃないよ。この環境に、慣れてしまったということでもない。結局、リスの部屋だから、こんなに暢気でいられるのだ。未だ庶民なあたし。そうでなきゃ、思わず顔をほころばせて深呼吸したりしないのである。
「何?」
 さて。ソファで休んでいる彼の隣に座り、あたしは「お仕事ご苦労様」そう言ってから、手の平を合わせてお願いをした。
「あのさ。家に帰りたいんだけど」
「・・・また?」
 途端に、彼の顔が歪んだ。また脱走癖が出たの? と言いたそうな顔だ。あたしは「脱走癖持ってないってば」と言って、リスの顔を覗き込む。そもそも「また?」って何よ。あたしは一度も帰ってないぞっ。
「あたしさぁ。ここに拉致監禁されたじゃん?」
「お前の記憶は、どこで狂ったんだ」
「家のポストとか、窓ちゃんと締めてきたかとか、心配になってきたんだよね」
「今更?」
 今更。ごもっとも。あたしここに来てから何カ月経ってるだろうねぇ。あはははは。
「とにかく帰りたいのーっ」
 帰るー! 帰るー! と、駄々をこね始めたあたしを見て、リスは大きなため息をついた。もー。しょうがないなぁ。と、呟いたか呟かなかったか。そんな確かな言葉にしてくれなくても、彼がそう思っていることは疑うまでもない。分かっていてあたしは尚も「帰るー! 帰るー!!!」を連呼した。自分で言うのも何だが、手に負えない子供のパターンだ。しかしこれ位しないと主張を押し通すことは出来ないのである。
 ・・・というか、したいからしているだけなのである。ジタバタジタバタ「帰るー!」ジタバタジタバタ。
「・・・別に帰ること自体は良いんだけどさぁー」
 しばらくジタバタした結果、リスはそう呟いてあたしを鎮めた。子供が癖になるのが分かる気がする。これで要求を飲んで貰えるなら安いモノだ。・・・なんて、打算的な大人は子供よりもタチが悪い。ええ。ええ。タチの悪い人間です。あたしは。何とでも言うが良い。
 そのタチの悪いあたしと目が合ってから、彼は次にこう呟いた。それをどうして許せないかという、多分理由が以下の通り。
「お前さぁ。うっかり帰ってこなさそうなんだもん。今はその気無くても」
「え? そ・・・そ、そんな・・・こと・・・」
 しかし言葉は続かず。・・・う。と、心の中で思わず呟き、肩を竦めて視線を逸らした。だって何たって、自ら「私はタチの悪い人間です」と豪語しているあたしだ。それに対して「絶対にそんなことはありません。約束します」と即答出来るだろうか? いや、出来ない。ちょっと考えてみよう。そうしよう。うーむ。
 ・・・そう言えば友達に会いたいな。良く買い物に行っていたお店の人達にも挨拶したいし。あれもこれもそれも・・・あららら。考えてみると、色々あるわ。やること。
 そう思った瞬間、戻ってくる気が失せた。少なくとも、すぐに、という意味ではあるが。
「・・・な、無いんじゃない?」
 結果。出てきた言葉はどもり、しまったと直後にすら思う。しかし、それは出てきた時点で時既に遅しな訳で。
「お前、説得力ゼロだぞ」
 言うだけ無駄だったな。と言って、リスは立ち上がった。完全に呆れている。顔にも声にもそれは十二分に表れていた。
「ちょっと待ってーっ」
 その腕にしがみついて、あたしは叫んだ。完全に敗戦色濃厚だが、だからといって出直す位に賢ければ、そもそも兵隊をけっ飛ばしてここに連れてこられることはなかっただろう。初対面で王子を殴ることもなかっただろう。後先考えずにやりたいことを今すぐする人間が、あたしという庶民である。ちなみに、そのせいで起きた諸々の問題も忘れているのがあたしという人間である。だから同じ過ちをエンドレスで繰り返す。現に今も繰り返している。
「考えてもみなよ! 今頃ポストから新聞溢れて近所の人達が迷惑してるよ! 首もげてるかも! 新聞屋さんだって泣いてるかもーっ!!」
「お前の心配はポストと新聞だけなのか」
「だって支払いも滞っているし!」
「だったら自動的に止められてるんじゃないの?」
「・・・あ、そっか」
 と、一瞬でも納得してしまった自分が恨めしい。
「良かったな。解決して」
 と、リスは笑って言う。
「ちがーっ」
 するりと抜けそうになった腕にしがみつき、あたしは叫んだ。
「家に誰か住んでるかも! 空き家だと思って誰かがー!」
「だったら尚のこと帰らない方が良いんじゃないか? 幸せそうな家族が住んでいたら、お前どうするんだ。追い出すのか?」
「そ・・・それは忍びない・・・」
 と、一瞬でも躊躇ってしまった自分が恨めしい。
「だろ?」
 だったら見ない方が良いな。これにて一件落着。そう言って、またするりと抜けようとする腕。
「待ってーっっ」
 ・・・を、手首の辺りで捕らえた。そして、もう何も言うことが無くなって、ぴーちくぱーちく騒ぎ始める、あたし。最早、意味のある言葉なんてない。ただ、子供が愚図ってジタバタしているのと一緒だ。こっちに意識が向くまで暴れるのみ。騒ぐのみ。
 あたしがリスの立場だったら、多分無言で殴っている。それともなければ、部屋から追い出しているだろう。そう。人にされたくないことを平気でする、あたし。けっ。何か文句あるかー!? じたばたじたばた。きぃぃーっ。
「・・・あのなぁー」
 リスは、そんな庶民の発狂に、いい加減呆れたのか、そう言ってあたしの前に戻ってくる。そして、あたしの頭をグリグリ撫でてから顔を覗き込んで言った。
「お前、分かってないだろ。全然説得力がないんだよ。むしろ脱走したいと思っているようにしか聞こえないの。何をしたいのかハッキリ言えよ」
「へ?」
 しかしあたしは言葉に詰まり、暫し無言の人となった。本当のこと? それは言いたくない。そう思ったあたしから、出てくる物は何一つ無い。
「・・・それは・・・その・・・」
 と、言いかけるも続きは無言。そしてその後、いつまでもあたしは無言になってしまった。明らかに、何かが有ることを匂わせてしまった。
 それなのにリスは、それでもちゃんとあたしを待ってくれている。だからだから・・・余計に・・・。
「・・・だ、だからぁー・・・」
 ・・・そんなリスにだから、言えないんだよぅ・・・。余計に・・・さぁ・・・。
「ほら。あの、何だ? 冷蔵庫とかもさ。見るも無惨な状態になっちゃってると思うしー・・・」
「俺、仕事戻るから」
「待ってーっ! リス待ってぇー!」
 しかし一度離れた手は元に戻らず。どうしようもないあたしは「人でなしーー!」と叫んだ。




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