硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 3、爺さん、神経を逆撫でする。

「意外に似合うね」
「俺は初対面の時を思い出すよ」
 あの時は、いきなり殴られたからな・・・と、リスは今更痛そうな顔をした。そうそう、そんなこともあったかもね。まあ、遠い日の良き思い出だよ。今となっては。そう言ってポンと肩に手を置くと、リスは面白くなさそうな顔。
 結局リスが同行する事になり、このやりとりで既に言うまでもないかもしれないけれど、二人で庶民仕様の服を着て立つ鏡の前。そして多分見ているのはお互いの姿。非公開の城外活動なので目立たないようにと、こんなことをすることになってしまった。ま、だからと言って別に「迷惑掛けて済まないねぇ」などという気持ちは、あたしの中に微塵もない。しょうがないじゃないか。それ程の理由が有るんだから。いーでしょ。一緒に行くことには妥協したんだから。という気持ちの方が圧倒的に強い。よくよく、図々しい庶民である。ちなみにリス側の妥協がこんなものではないことも重々承知だが、それは無視である。
 硬くて厚い丈夫な布の感覚は、窮屈だけど着慣れた体に良く馴染む。リスは逆に布が薄いとぼやいていたが、それもすぐに慣れたらしい。肩を回しながら、鏡の中のあたしに言った。
「じゃあ行くか」
「うん」
 頷き、鏡の中のリスに応える。彼は、そのあたしと鏡越しに視線を交わし、微笑んだ。
 そしてもう一度視線を戻した鏡の中には見慣れた、しかししばらく見ていない庶民の「姿」をしているあたし。何だか久しぶりでドキドキする。街は、何も変わらないまま、あたしを待ってくれているだろうか。そして、お婆ちゃんとの家も。そんなことを思って僅かに深呼吸をする。そして隣にいるリスに違和感を覚え、同時に安心する不思議な気持ちを弄んだ。あたしの心を不安定にするほど軽くしてくれる、彼。不思議。そんなことを思うと照れ臭いような意地を張ってしまいたいような複雑な気持ちになってしまって、にやけそうになる頬を手で押さえた。そのあたしの後ろで、爺さんが「ふぉっふぉっふぉっ」と笑う。
 ・・・って、何故お前が居る。
 気付いた鏡の中のあたしは引きつり、そして音もなくそこにいた幽霊のような爺さんに振り返った。こーのーやーろー。何をしに来た!? と言いたいのを我慢して。
「あの・・・何か?」
「レイラ様」
 あたしに、すすすす。と、爺さんが近付いてきた。あ、何だこの野郎。何の用だ。と言いかけ・・・あれ? このパターン、前にもあったな。なんて、デジャヴに襲われ戸惑っているあたしに、間髪入れず爺さんはこう言った。
「あなた様の、その腕力に期待しております」
「・・・え?」
 腕力? 何だそれ。
 キョトンとしたあたしに、爺さんは言った。
「いつ如何なる時、何があろうとも、クリスロット様をキチンとお守り下さいね。ええ、身を呈してでも」
「このか弱い乙女になんてことを言うんだこんにゃろー!!」
 まずはあんたから殺してやるー! そう叫んで爺さんを捕獲しようとしたあたしは、リスと控えていた兵とメイドと、気付けばいつの間にか参戦していたコックにも抑え付けられた。多分、人海戦術を試みたと思われる。
 爺さんがあたしに会うと言うだけで、それはもう、こうしてみると実証されているわけだが、何人もの人手と苦労と腕力が必要なのである。分かってるなら爺さんをここに来させるなと思うが、生憎そんな権力を持っているのは使用人の中では皆無。よって、こうして必死に後処理をするしかないのだろう。そしてそれを可哀想だと思う寛容な心を庶民も執事も持ち合わせていない。哀れ。使用人。
 そして、体の自由を奪われるほどガッチリと捕獲されたにもかかわらず尚ジタバタするのを止めなかったあたしを見て、爺さんは再び「ふぉっふぉっふぉっ」と笑った。
「それだけの力があれば安心ですな。いってらっしゃいませ」
 お前が逝け!! このくそ爺ーー!!




「お前な。あれはないだろ。老い先短い老人に」
「いや。あの爺さんは放っておくと、あたし達よりも長生きするはずだ。間違いない」
 数十分の後。
 町を歩きながら、あたしはリスの良識あるアドバイスも聞かず、一歩前をスタスタ歩いていた。見慣れた風景。吸い慣れた空気。ちょっとホッとする。そんな場所で怒られている、あたし。
「あれ」は、つまり、くそ爺・・・の、前の言葉である。あれはさすがにリスも良くないと思ったようだ。しかしみんなの前では怒らず、二人になってから教育的指導に出た模様。お前のそういう気遣いは、一体どういう教育で培われたんだ。参考までに教えろ。
「それはそうかもしれな・・・いや、そんな訳無いだろ」
 慣れない場所にいるせいなのか、リスはあたしの強い言葉に押され掛けるが、正常な意識を取り戻したようだ。「こら。お前、いい加減にしないと怒るぞ」と、さすがにしつこい声が追ってくる。
 その言葉を聞いて、あたしはリスに気付かれないように、小さなため息を付いた。ここらが潮時だ。幾ら何でも彼の言っていることに、これ以上反論できない。自分でも正論だと思うだけに。リスが頭ごなしに怒ったりもしないから。余計。
 ・・・ちぇっ。彼に背を向けたまま、最期に唇をちょっと尖らせてから腹を決めた。
「・・・分かってるわよ」
 足を止め、あたしは振り返る。そして目が合ったリスにだけ、本当の気持ちを言った。
「ちょっと言い過ぎたかなって思ったわよ。でも、あの爺さんだって酷いもん」
「それは分かってるけど・・・」
「だからー」
 知ってる。だから意地張れないんじゃないか。あたしだって分かってる。
 ・・・知ってるよ。そうだね。分かってくれてるよね。分かってくれてるんだよね。
 それで怒らないでいてくれるんだよね。リスは。あたしが謝りやすいように、そうやって待っててくれる。狡いほどに、優しいんだよね。この王子様は。
「・・・ごめんなさい」
 そして、驚いた顔をしたリスにもう一度詫びる。酷いことを言ったことは謝る。ごめんなさい、って。それから心の中で、ありがとう、も。
「でも、本人には謝らないっ。あの爺さん、絶対調子に乗るもん!」
 照れ隠しと意地で、あたしは赤い顔を前に向けた。そして歩き出す。心持ち、早めに。
 そのあたしの背中を見て、多分リスは笑った。多分。だって、それ以上何も言わなかったから。しょうがないなぁって思いながら、それで許してくれたんだろう。きっと。
 そして、まあ、そういう刺激が長生きの秘訣なのかもなぁ。なんて思っていたなんて事は、あたしには思いつきもしないことなのである。




戻る 目次 次へ
閑話へ
(←頂いたイラストに、この直後のリス視点の話を付けさせて頂きました。読まなくてもストーリー的には支障ありませんが、是非どうぞ)
 
×

この広告は1年以上新しい記事の投稿がないブログに表示されております。