硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 4、ポストと庶民、現る。

「あそこ?」
「え?」
「あそこの・・・屋根が、ちょっと尖った家?」
「何で分かったの?」
 ごそごそと、しばらく触れてもいなかった鍵を出しながら、あたしはリスを見上げた。小さな木製の一軒家。屋根がちょっと尖っているのが目印と言っても過言ではないほど、それが特徴的な家。まるで家と家の隙間に立っているかのような、クレヨンみたいな家が我が家であります。きっと誰かの待ち合わせや道案内に役立っていると、あたしは勝手に信じている。あたしにはまだ、そのてっぺんしか見えない。
 実際は、一軒家って言うのは言い過ぎかもというほど狭い家。キッチン、ダイニング、リビング、二階に一部屋。その他トイレやお風呂・・・しかない。リビングが、殆どお婆ちゃんの自室だった。そして二階があたし。
 でも、それだけで十分だった二人暮らし。これでも独りで住むには広いくらいだと・・・お婆ちゃんが亡くなった時は思ったものだ。当然、そういう気持ちは消えるもので。そうだ。消え始めた時期だったな。あたしがこの家を出たのは。しんみり。
 ・・・とか、哀愁漂わせている場合じゃなかった。
「ポストが倒れてる」
 リスはそう言って、あたしの家・・・基、ポストを指さした。
「げ。やっぱり? ・・・うお。本当だ」
 それは隣家の植木の陰に隠れていたのだが、隣にいたリスには見えた模様。それが、ようやくあたしの前に姿を現す。そして、あたしは言葉を失った。
 確かに、もげたポストの頭と新聞屋チラシや手紙の山。それが道にデンと鎮座している。道行く人達は見慣れたのか、もう見向きもしない。それにしても、まさかこんな惨状が実現するとは思ってもいなかったので素直に驚いてしまったあたし。ちょっとー、これ、個人情報漏れ過ぎじゃない? それにポスト弱すぎ。耐えろよ! 新聞の重みくらい! 不甲斐ないポストに、こんな愚痴の一つも言いたくなる。
 口から出任せだったつもりの冗談は、今、完全に現実となった。隣にいる王子もこの冗談で人生狂ったと言っては過言でもないのだが、隣のあたしは同じ過ちを犯している。無力、人間。
「うわー。すげー。ぎちぎちに詰まってる」
 頭を抱えるあたしの隣。ポストの頭の部分を覗き込んで、リスは笑った。




 久しぶりの我が家に入る。どうも、誰の出入りもなかった模様。ちょっと古い空気が鼻を撫でたが、ただそれだけだ。それだけの変化で、お婆ちゃんとあたしの家はあたしを待っていた。
「好きにしてて。後でお茶入れるね」
 メイドさんに分けて貰ったお茶の葉をテーブルの上に置いて、あたしは言った。他人のお茶っ葉で人を迎えるのは情けないが、しょうがない。
 さて、と。「あれ」だけ、さっさと持ってこよう・・・いや、その前に空気の入れ換えだな。
 あたしは、入って向かいの窓を開いた。そこから入ってくる、新鮮な空気。ああ。懐かしいなぁ。この空気。入ってきた風に目を閉じる。そして遠い日を重ねた。
 振り返れば、いつもお婆ちゃんがいた。いや、こうしていれば今でもいるような気がする。「レイラちゃん」の声が聞こえてくる気がする位。まだ、そう思うほどのあたし。それが当たり前のあたし。けど、今はいない。今は一人。一人きり。
 でも、大丈夫。もう、大丈夫。今はそれよりも、これを懐かしいと思う日が来ることがとても不思議。そう思えるほど、大丈夫。
「綺麗な家じゃん」
 一人。その孤独を、リスは破る。振り返ると本来なら。この家に住んでいる者なら、触れ合う筈のないの彼。でも今は、いて当たり前の彼。その姿が、ある。
「・・・ま、ね」
 涙が出そうになる。この孤独に。そしてそれをうち消す彼の存在に。
「上の・・・窓も開けてくる。待ってて」
 そう言って、あたしはリスの横を通り過ぎる。階段を上り、自分の部屋へ。
 そして、あたしは零れそうになった涙を拭った。一人きりの部屋。それは再び、あたしを孤独へ導く。無くなるからこそ、優しい孤独。だからこそ、優しい思い出。
 窓を開き、あたしは机の引き出しを開けた。そこにある、筆記用具やノート。手紙。
 そこから封筒を一通取り出す。そして中身を確認した。うん。あった。間違いない。これこれ。よし。目標達成。満足。
 それを懐に仕舞いながら「ねぇー。リスー。二階も見るー?」と、階下に声を掛けた。




「へー。こんな風になってるんだ」
 二階は屋根の尖りがそのまま天井になっていて、過去招いた友達もみんな、大体その天井を見上げた。このせいで狭いはずのあたしの部屋は、まあ何とか広さを感じられる。
「狭いでしょ」
「まぁ・・・広いとは言えないけど」
 そう言ってリスは部屋を見回す。小さなベッド。チェスト・・・だけの部屋。しょうがないでしょ。それ以上置けないんだから。
「良いんじゃないの?」
 リスはお世辞ではないような表情で言う。
「手を伸ばせば全部届きそう」そう言って、笑った。
 そんな話をしている時だった。小さなノック音が聞こえたのは。
 トントン。
「?」
 あたし達は同時に相手の目を見る。そして、お互いにその音を聞いたことを察した。それを後押しするかのように、また音が聞こえる。
 トントン。
「? 誰だろ」
 あたしは呟き、しかし警戒心もなく下に向かった。







「はい?」
「レ・・・やっぱりレイラ! 居た! どこ行ってたのあんたー!」
「・・・わっ」
 何気なくドアを開けると、そこには幼なじみの姿があった。隣の隣の家に住んでいる同い年の女の子だ。彼女はあたしを見ると、一瞬目を丸くしてから買い物かごを投げ捨てて、叫んで抱きついてくる。思わずそれを受け止める、あたし。
 どうやら彼女は、この家の前の、首のもげたポストが無くなったことで、あたしの在宅に気付いた模様。「やっぱり」という言葉が物の見事にそれを証明している。そういう意味では役に立った・・・のかもしれない、首の弱いポスト。その為の罠だったようにも思えて、素直にお疲れ様だの有り難うの言葉が言えない、あたし。つくづく心がねじ曲がっている。ああ、ああ。分かっているともさ。
「ずっと姿が見えないから、凄く心配してたんだよー!? 馬鹿ー!」
 さて。ルルは、そんな物言わぬポストが足下にあろうと何だろうと無視して再びそう叫ぶ。前言撤回。抱きついてきたと言うよりも「逃がさない」という気持ちであたしを捕獲しているらしい。言葉には僅かな怒りを含め、腕には渾身の力が込められている。再会を喜ぶ隙も与えてくれない・・・というか、彼女は今、再会を喜んでいるというよりは心配させたことを怒っているようだと、手荒い歓迎にようやく察する。それもまぁ、仕方ないと言えば仕方ないのだけれど、怒られるのが嫌いなあたしは思わずゲッソリ。ちなみに彼女、名前をルルという。
「ご、ごめ・・・」
 ルルはあたしから離れ、しかし逃がさないつもりなのか、腕をしっかり掴んで言った。
「どこにいたの!?」
「い、いやちょっと・・・」
「お婆ちゃんが亡くなって余り間が経ってない頃に姿が見えなくなったから、幾らあんたでもダメージ受けたのかと思って、みんな本当に心配してたんだからね!?」
「は、はい。ごめんなさい・・・」
 幾らあんたでも、って何だ。とは突っ込む状況ではない。心配してくれていたのも今現在怒っているのも良く分かる。捕まれた腕が痛いほど、それは確実に伝わってくる。・・・いででで。本当に痛い。
「そのー・・・ちょっとゴタゴタして・・・」
 肩を竦め、その痛みに耐えながら、どうやって説明しようかな。と、階上にいるリスを見上げる。彼の姿は見えない。けれどこの大騒ぎは聞こえているんだろう。彼は、どうするのか。出てくるか、否か。
 出てこないなら言うべきじゃない、と思った。また面倒な騒ぎが起きそうだ。そう判断したからこそ、彼は出てこないのだろうから。
 そう思い、あたしは別の言い訳を考え始める。えっとー。どうしようかな、なんて言おうかな・・・。
 と、思っていたら彼女は意外なことを口にした。
「お城に連れていかれたのかもって、近所では噂になってるのよ!?」
「え? そ、それはまた何故・・・」
 それは当たってる。何だ、話が早い。でも、何で?
「あんたが暴れて兵をぶっ倒したのを見た人がいるんだって。それで逮捕されたとか、もっぱらの噂よ! でもその後の情報が全然ないし、留置にしては長すぎるから、今では徴兵令が出たってことになってるわ」
「・・・うわー」
 噂ってこえー。てか、どうしてそういう方向で、みんな納得してるわけ?
「ねぇ。何がどうなっているのよ!? ちゃんと説明しなさいよ!? でないと許さないから!」
「・・・ええと・・・」
 これまた・・・困ったな。そこまで言われて、どうやって言い訳をしよう。彼女、嘘で納得するだろうか? あたし、説得出来るだろうか。
 そう思っていたら、小さな笑い声が聞こえてきた。あたし達二人は、階段の方を見る。
 あたしには聞き慣れた声。しかし、彼女には聞き慣れない声。
「お前、どこ行っても変わらないんだなぁー・・・」
 そう言いながら、リスが降りてきた。




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