硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 6、子供で、大人な王子様。

 こんこん、と、小さな音がドアを伝う。ドキドキする。叩いた音よりも、ずっと大きなあたしの鼓動。
 持った封筒が僅かに震えている。あたしが震えているから。ああ、どうしてこんなに緊張するんだろう。入り慣れた部屋なのに、話し慣れた人なのに。
「誰?」
 このドアには鍵が掛かっているのか、分からない。けれどあたしはリスが許してくれないなら会わないつもりで、この時ドアに手を掛けることはしなかった。
「レ、レイラです・・・」
 そう言えば、きっと開けてくれるだろうとは思っていたけれど。
「レイラ?」
 案の定、リスは鍵を開け、そしてドアを開けてくれた。驚いたような顔をして、あたしの顔を見て「どうした?」と言う。
「あの・・・」
 ドキドキしながら、胸に当てていた封筒を差し出す。不安に涙が浮かんできた。
「・・・これ・・・」
 どうしてだろう。リスの顔が見られない。あたしは下を向きながら、まるでラブレターを渡すかのように真っ赤な顔をして言った。怯えてる? 緊張してる? どれも違う。でも、どれも似ている。怖さに似た、何か。そんなモノが、あたしの強張りを誘う。
 言葉も体も、あたしは凍ったように固まっていた。
「リスに・・・」
 上手く言えない。でも気持ちは正直で強い。
 見て欲しい。
 そう、言おうと思ったあたしの手を、彼は引いた。
「入れば?」
「・・・い、良いの?」
「勿論」
 そう言ってリスは、あたしの手を引いた。決して強引にではなく、まるで導くように。
 優しい、彼。暖かい、彼の手。どうして許してくれるんだろう。今更、そう思う。あたしが部屋に入ること。あたしが隠し事をすることを。
 向き合うと、その違和感が良く分かる。その重要性と共に。




「で? どうしたの?」
 ドアを閉め、二人きりになって邪魔が入らない状態になって、あたしは何だか落ち着いた。リスになら、どんな姿を見られても構わない。涙も、笑顔も、照れ臭い言葉も。全て彼になら、見せられるから。
 だからあたしは、ここに来た。
「これ・・・」
 さっきと同じく封筒をリスに向けると、彼は不思議そうな顔をしてそれを受け取らずに言った。
「それ・・・家から、持ってきた物だろ?」
「う、うん・・・」
「大事なもんなんだろ?」
「・・・うん」
 大事。どうしてもここに持ってきたかったほど、大事。頷いたその返事を、彼はその大きさすら正確に受け取ってくれたようだ。
「別に・・・無理しなくても良いよ? 俺、何とも思ってないし」
 と、優しい声があたしを包む。信じてくれること。労ってくれること。だからこそ、知っていて欲しいと思う気持ちが、あたしの中で更に大きくなる。
「違うの」
 照れ臭いのと緊張で、あたしの声は震えた。ああ、やだやだ。こんな自分。そうは思っても、その自分を見せることをリスなら許せる。だからリスには言う。決意の言葉。
「もう、あたしは話したから、良いの」
「? 話した?」
「見て」
 あたしはリスに、封筒を押しつけるようにして強引に渡した。
「リスも、話があったら、して」
「・・・?」
 リスは、不思議そうな顔をしながらそれを受け取る。そして、あたしの決心を試すような間を取って、多分あたしを見ていた。でもあたしは顔を上げず取り消しもせず、俯いたまま。それがあたしの、ゴーサイン。不器用だけど確かな、合図。
 やがて小さな音が聞こえて、リスが封筒を開いたのを察した。彼は、中身を取り出す。
 その彼を、見た。ちょっと目を丸くして、お婆ちゃんと両親、二枚の写真を見ている彼を。あたしの両親と、お婆ちゃんに初めて会った彼の表情を。目に焼き付けた。
「・・・これ」
 ややあって、リスは視線だけをあたしに移して、言う。
「お前の家族?」
「・・・そう」
「・・・」
 そっか。そう言ってリスは頷いて、それをじっと見つめた。リスは、きっと分かっている。あたしが彼を、家族に会わせたわけ。だから彼は、三人に何かを話しているはずだ。あたしのこと。多分。
 ・・・きっと。そう、信じたい。
「どうして・・・」
 やがてそれを丁寧に封筒に戻しながら、リスは言った。
「こんなに大事な物だったら、正直に言えば良かったのに。何で、こっそり取りに行こうとしたの?」
「・・・それは・・・」
 だ・・・だって・・・。だって・・・。
 しかし躓くように出てきた言葉を一旦押し込めるように、あたしは一度息を吸い込む。
「・・・だって・・・」
 分かってる。正直に言えば、きっとリスは許してくれたこと。
 分かっている。分かっていた、けど。
 その気持ちを整理しながら、あたしは一つ一つ、言葉を彼に手渡した。偽りのない、正直な気持ち。
「・・・あたし・・・」
 あたし、ここにいて、全然寂しくなかったから。
 ・・・だから。それが理由。そう言ったら、リスはさっきよりも驚いたような顔をする。
 聞き返されたくなくて、全て受け取って欲しくて、あたしは急くように気持ちを吐き出した。かつて無く、素直に。単純に。
「いなくなった家族が、必要だったわけじゃなくて。た・・・ただ、その二枚の写真は、やっぱり失いたくなくて」
 唯一無二の思い出だから、手放したくなかった。でも、それ以上の気持ちがないこと、分かって欲しかったから隠してた。あたしに今一番必要で大切なのは、生きてるみんなで、リスで。だから死んだ家族にしがみついているみたいな自分を、見せたくなくて・・・だから。
 けれど、どうしても、そのままにはしておけなかった。やっぱり、家族の面影を失いたくなかった。その感情の狭間で、それを隠すことも上手く表現することも出来なかったのに。
 リスは分かってくれたから。だから本当の事知っても、きっと分かってくれると思って。
 それにお互い、あたしには掛け替えのない大切な人達だったから。心の底から会って欲しいと思ったから・・・。 
「ありがと」
 リスは笑って、言った。あたしの頭をグリグリ撫でて、視線を合わせてからもう一度「ありがとう」と、言った。なんの「ありがとう」か、分からない。でも二つは、きっと意味の違う「ありがとう」。
「ちゃんと挨拶しておいたから」
「・・・挨拶」
「そ、挨拶」
 多分ワザと軽く言ったその言葉は、あたしにとって最も重要な一言。どうして分かるんだろうと思う。あたしが密かに願っていたことを。彼は、どうして。
「はい」
 リスはそう言って、あたしに封筒を戻した。その封筒の中で、三人はきっと笑ってる。そう思う。何だか暖かい。
 涙が出そうになった。
「じ、じゃあ、戻るね。遅くにごめんね」
「レイラ」
 去ろうとしたあたしの手を取って、リスが言う。
「今日は一緒にいて?」
 そう言って、咄嗟に返事の出来なかったあたしを抱きしめる。泣きそうなの。ここにいたら、泣いちゃいそうだから・・・。
 それが分かってるから、リスはあたしを見ないし、何の言葉も望まない。ただ優しく、力強く、圧倒的に大きく、あたしを抱きしめてくれる。
「一緒に、いて欲しい」
「・・・」
 リスは。
 この王子様は。
 ・・・子供だな。と、思う。我が儘で、甘えん坊な子供だ。でなきゃ、こんなこと言うもんか。
 そう思いながら頷いて、あたしも彼を抱きしめる。まるで包まれてしまいそうに大きくて暖かくて、馴染む彼の腕の中。そこに埋もれながら思う。さもなくば。と。
 さもなくば、彼はあたしが一緒に居たいのが分かって、それなのに敢えてあんなお願いをしてくれる大人か。・・・どちらかだ。
 答はもう分かっているけど、見て見ない振り。だって、リスに対してだけは、正直で素直で、そして意地っ張りな子ですから。あたし。リスにだけは。
「もう少しで仕事終わるから、待ってて」
 そう言ってリスは、あたしの頬にキスをした。不意打ちだ。うわ。やばい。と、思う。もうボロボロ涙が零れていたから。酷い顔してるのに。だから見られたくないのに。
 そう思い、ギュッと目を閉じて体に力を入れたあたし。リスは小さな笑い声を洩らしてから、目尻にも小さなキスを落とした。バカバカバカ。と、思う。そんなことをされたら・・・離れがたいじゃないか。
「やだ」
 リスのせいだ。そう思うから、あたしは我が儘を言った。しがみついて首を振って、愚図る。
「待てない」
「へぇ? 珍しいことを言うな。お前」
「・・・駄目?」
「良いよ」
 本当に、満更でもないらしい。リスはそう言って笑って、今度はあたしの唇を塞いだ。




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