硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 7、甘い甘い、二人の夜。

 ベッドに座っているリスの腕の中で、思う。どうしよう。完全に、はまっちゃった。と。それは身分や理性の話じゃない。ただ、気持ちを完全に捉えられてしまった。彼に。安心と痺れが同時にやってくる不思議な感触が、何処までも強くなっていく。不安を覚えるほどに、溺れていく。彼に。
 髪を撫でられ、その手が不意に背まで下りて、あたしは体を強張らせた。触れられるだけで、体が疼く。どうしようもなく、反応してしまう。自由が効かない。こうなってしまったら、不自由でしょうがない。それなのに、それをもっと求めてしまう気持ちが止まらない。理性が残っていれば残っているほど、不快に思うほどに不自由だった。
 もどかしくて彼に縋った。助けを求めるように、その肩に目を伏せる。甘えるように、体を寄せる。
 そのあたしを抱きながら、リスは小さな笑い声を洩らした。耳に触れたその吐息が、あたしの心をやっぱり揺さぶる。強く触れなくても、特別な何かが無くても、自分でもどかしく思うほどの過敏な反応。それだけ彼に向かう気持ちは、あたしの大半を占める。
 これは幸せか、それとも動揺か。異なる二つの物。しかしそれをはき違えるほどに、あたしの心は揺れている。彼は、あたしを酔わせる。強いアルコールよりも早く、強く。触れるだけで、いつだって。
 やがてゆっくりと抱いていた手を離して、その指であたしの唇をなぞり、リスがあたしの顎を上げた。逆らえないあたしは視線を彼に向け、やがて彼のキスを受ける。軽い、僅かに触れ合うだけのキスを。
 そして同じ様な頬や首筋の感触に、体を強張らせながら彼の服に指を絡める。震える手は止まらず、眩暈に涙が浮かんでくる。途切れ途切れになっていくあたしの吐息を、再び彼の軽いキスが塞いだ。
 優しい。どこまでも優しく、あたしに触れるリス。優しいからこそ、その感触に敏感になっている。それを絶対に逃さないよう、あたしの神経は過敏になっている。だからこそ強く反応する。心が。体が。
 泣きそうになる。強く抱きしめてくれないから。深いキスをくれないから。もっと求めても欲しくても、あたしはどうしたらいいのか分からない。優しくて、意地悪な彼。でも、言えないそんなこと。恥ずかしくて。
 だから彼を見た。分かって欲しくて、恐る恐る見上げた。
 でも、怖いの。間近で重なる視線は、強くて。思わず引こうとするあたしの体を、リスが止めるように抱く。
 怖いのに・・・。
「もっと?」
 意地悪く笑って、リスが言う。やっぱり分かってる。狡い。分かってるくせに。
 それでも欲しくて、躊躇いつつも頷いた。そのあたしを見て、また小さな笑い声。悔しいくらいに、余裕な態度。
 恥ずかしさに泣きそうだったあたしの唇を、彼は再び塞いだ。軽く、二度。
 やだ・・・。
 そう主張するように僅か彼を追いかけたら、リスはまた笑った。そしてもう一度唇を重ねかけて、言う。意地悪な質問を。
「まだ足りない?」
「・・・」
 誘惑に負けて躊躇うことも出来ず、小さく、頷く。彼から離れたくなくて。離れて欲しくなくて。
 狡いよ。分かってるくせに。意地悪。
 そんな言葉すら、言えないの。恥ずかしくて、もう力が出なくて。
 でも、分かってくれていると思うから我慢できるの。ギリギリだけど、耐えられるの。この不自由な気持ちに、身を委ねられるの。
 大好きだから・・・。
「もっと欲しいの?」
 ・・・欲しい。
 そう呟いたあたしの唇に、彼はきっと気付いた。霞んでいた視界の中、彼の目が優しく細まる。
 そして彼は、あたしに深い深いキスをくれた。抱きしめてくれて、強く触れて、長く優しいキスを。
 満たされていく。緊張に冷えていた心を温めてくれる、彼から伝わってきた体温に。
 あたしは、我が儘だ。それでも足りない。もっと彼が欲しい・・・。ずっとこうして、ずっと、ずっと愛して欲しい・・・。そんなことを、満たされながら思ってる。
「もう要らないって位、愛してやるな」
 酸欠のような眩暈に霞むあたしの遠い意識に、リスの声が入り込んできた。倒れてしまいそうな感覚に恐怖を覚えたのは、背中の感触を認めるまで。柔らかいベッドに体を受け止められるまで。
 呼ばれるかのように、やっとの思いで目を開く。そこには横たわったあたしの目を、間近で覗き込んでいる彼の目があった。
「好きだよ」
 あたしも・・・。
 どうしよう。言葉だけで、涙が出そうになるほどの幸福感。
 知らなかった。彼に出会うまで。


 もう逃げられない。捉えられたからでも、はまっちゃったからでもなく。
 他に、誰もいないから。
 あたしをこんなに満たしてくれる人は、きっとどこにも居ない。あたしをこんなに愛してくれる人も、あたしがこんなに愛せる人も、世界中、どこにも居ない。
 だから、もう、あたしは彼じゃなきゃ駄目になってしまった。彼以外の人を受け入れられないなら、逃げてもそれは無意味な行動。
 それって体を拘束されるより、ずっと厄介な囚われ方。ずっと危ない関係。だからこそ、きっと価値がある。
 まるで中毒のよう。あたしは彼に堕ちた。




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