硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
 庶民とか使用人とか、時々執事とか王子がバタバタする番外編。前編


メイド
「もー・・・運動不足だよぅー・・・」
 レイラ様がそう呟かれたのは、ある晴れた日の午後のことでした。
 お茶とケーキをお持ちしたあたしに、聞こえるようになのか無意識の独り言なのか。そう呟いて目の前のケーキには手も付けずに窓の向こうの空を見上げているレイラ様。
 言葉の可愛らしさとは裏腹に、レイラ様の仕草は最近、随分大人しくなられました。ため息を付いて肩を落とし、目を細めるその横顔は、元々城下町に住んでいたとは思えないほど落ち着きを纏っています。環境って人を作るんだなぁと、しみじみ思わずにはいられません。
 それともなければ、恋の力でしょうか。そう思うほど、レイラ様は本当に綺麗にもなられました。近くにいてもそう思うのですから、きっと凄く変わられたに違いありません。
 しかし。
 しかーし、でございます。
 そうは思っても、レイラ様はレイラ様。心の強さや今まで生きてきた環境や経験を思うと、この言葉をただの呟きだなんて、この城内にいる誰が思うでしょうか。過去の実例も背を押します。用心して置いてし過ぎると言うことなど、ことレイラ様に関してはあり得ないのです。
 あたしはこの言葉を、全ての従業員に、的確に活かつ迅速に伝えること。と、その横顔を見ながら心のノートにしっかりと書き留めたのです。



レイラ
 あー・・・。体鈍ってるなぁ。
 夜。フワフワのベッドの上で、思わず柔軟体操をしてしまうあたし。だってもう・・・何もすることが無くて体を動かさないから、かえって疲れてしまうわけよ。分かる? 庶民の体は、こうなの。働いているからこそ、元気になれる体なの。それがこんな不相応な所に放り込まれちゃったから、合わないの何の。
 そりゃ・・・まあ・・・それは最高の贅沢だって分かってるし、皆優しくしてくれるし・・・。
 だから、口に出しては文句言わないけど。それに・・・。
 ・・・リスもいるし・・・。
 そんなことを思って反省と赤面をするあたしは、運動不足も手伝ってゴロゴロとベッドの上を勢い良く転がった。
 転がったら目が回った。目が回るほど転がれるベッド。豊かだと思う前に無駄だと思う自分の貧乏性は、筋肉と違って衰える気配がない。
 大の字になって、ため息を付いて思う。あー。これで。
 これで、適度な運動が出来たら言うこと無いんだけどなぁー。



使用人達
「そうかー」
「レイラ様が、そんなことをー」
 一級品に限りなく近い二級品の、茶葉の芳醇な香り。それと共に小さな湯気は、不釣り合いなほどシンプルな白いカップから止めどなく零れるように溢れていた。それをソーサーに置く音が小さく響く。
「まぁ、そう言いたくなる気持ちも分からなく無いような」
「レイラ様だからねぇー」
 誰ともなく頷き、それは全ての人間に伝染していく。気を使わない者同士のお茶の時間は、心を浮かせるような香りと話題で盛り上がっていく。
「確かに最近暴れなくなったからねぇ・・・」
「力が有り余ってるだろうねぇ・・・」
「そろそろ爆発するかもねぇ・・・」
「あははは」
「・・・」
 なんて事を笑いを堪えながら呟くコックやメイドが昼休みで盛り上がっている厨房に、一人影を背負う男が居た。それに気付いたメイドが、隣のメイドを小突く。その合図に気が付いたメイドは、思わず「あ」と言って口を押さえた。
 その無言な男は、主に使用人が使用する、裏門の門番。何かと苦労の耐えない脇役君である。団体になって、色々なことをうやむやにしながらレイラを追いかけたり、叱ったり出来るメイドでもなく。料理を盾に仲良くしたりする事の出来るコックでもなく。
 たまにやってくる「カモ」しれないレイラに怯えるだけの彼。門の前にいつも立っている、あの彼である。
「・・・はぁー・・・」
 集中した視線にいたたまれなくなったのか、大きなため息を付いて机に突っ伏した。その彼の周りには、見えるはずのない影が割合ハッキリと見えている。それ程明確に、彼の心は影を背負っている。そうしていると、まるで押しつぶされてしまう重さを感じる位、それはもうハッキリと。
 何があるわけでもない。レイラが来ることもない毎日。過ぎてしまえば平穏な毎日・・・なのだが。
 彼は、怯えていた。実は毎日、人影に怯えていた。もし、レイラが来たらどうしよう。クリスロット様が助けてくれなかったら、自分はどうしたらいいのだろう。そんなことを思いながら過ごす毎日。
 それでも最近、何事もない日々にそれは薄れつつあり、気にすることのない心配だと思えば、それも安堵の元にならなくもなかったのだが。
 レイラの発言に、その平穏な毎日はあっさりと吹き飛ばされた。来る。多分、彼女は近い内に来る。そんな不安が勢いを増したかと思うと、目の前を覆うほどに強くなる。
 それでも、レイラのことを苦手とか、嫌いとか、そんな風には思わない。
 いや、思えれば楽だろう。思えないから、辛いのだ。



メイド
「・・・可哀想ねぇー・・・」
 本気でそう思っているのかいないのか。フラフラと持ち場に戻った門番を見送った後、一人のメイドがそう呟いた。板挟み。そして、ポジション的には「嫌われ役」の彼。勿論、レイラはそんなことを思っては居いないだろうが。でも結局の所、一番報われない職業だ。外から見ていると、笑ってしまう正直な気持ちはこの際見ないことにして。
「レイラ様もねぇー・・・」
「そうねー」
 彼女に対しても、同じ様な気持ちを抱かなくもない。それは全員同じ気持ちだったのか、その言葉にも同意の言葉が聞こえてきた。
 贅沢な暮らしを与えられていることは、彼女自身も良く分かっているだろう。それを分かるからこそ、彼女の自分達に近い生い立ちのせいで感じる運動不足に対しても同情的になるわけで。
「何とかならないかしらねぇー・・・」
 思えばこんな風にレイラの心情を察するほど立場が近くて好きじゃなければ、追々起こるであろう騒ぎの発端を思い付くことなど、無かった筈だった。



リス
「というわけで明日、第一回 『運動不足解消企画。レイラ様を捕まえろ! 大会』を開催しようと思うんですが」
「・・・」
 お茶の時間。用意を終えたメイドが呟いた言葉に、思わず言葉を失った自分は、きっとこの城の中で一番正常だと思う。手に取ったカップを口に運ぶ動作はぴたりと止まり、それすら忘れてしまいそうな真っ白な頭のまま、手を胸の前に合わせてこっちを伺っているメイドを見上げる。
「・・・何の話?」
「ですから、レイラ様の運動不足を解消するための大会のお話です」
 大会。一体何の話やら。
「ええとー・・・具体的に何するわけ?」
 思わず眉間に皺を寄せた眼前。
「覚えてらっしゃいますでしょうか。かつてレイラ様が、この城に来られたばかりの頃」
 遠い目をしてメイドは呟いた。
「何度も何度も部屋から脱走されて、それを追いかけたあの日々」
「・・・はぁ・・・」
 それは、良い想い出としてみんなの中に残っているのだろうか。
 そんな疑問を持った自分の目の前。彼女はそっと目尻を指でなぞってこう呟く。
「あの青春の日々を、もう一度」
「青春・・・」
 当初。城は荒れに荒れていた。あり得ないほどの奇声が溢れていた。レイラの叫び声も相当なものだったが、彼女達の怒りもかなりのものだった。それを青春というのなら、彼女達の人生って一体何なのか。
 そう思っていた俺の顔を覗き込み、彼女は願うように言う。
「あの若かりし頃のレイラ様に、少しの間だけでも戻って頂きたいという願いを込めて」
 若かりし頃。彼女がここに来て、まだ数ヶ月であることは、言ってはいけない事実らしい。
「大鬼ごっこ大会を開催しようかと」
「・・・鬼って?」
「勿論、従業員でございます。参加を募ったところ、ほぼ全員が名乗りを上げまして」
「・・・全員て・・・」
「あ、ご心配なく。業務は滞り無くいつも通り進めます。交代制のローテーションも既に組みました」
「・・・ローテーション・・・」
 一体全体。この人達は、ここに何をしに来ているのか。仕事とそっちと、どっちがメインなのか。どーしてそんなに「そっち」に一生懸命なのか。
 しかし選挙活動でもしているかのような熱い口調で、メイドは計画を話し続ける。
「レイラ様は絶対城外には出しません。その為、多少城内に異常な殺気・・・いえ、多少ピリピリとした雰囲気が流れるかもしれませんが、それは見て見ない振りをしていただいて」
 限られた時間の中とは言え、城内で異常な殺気を感じても気にするなというメイド。おかしな話である。
「・・・レイラは? 何だって?」
 俺、この城で一体どういう立場なんだろうか。そして、彼女達は俺をどう思っているんだろうか。気になるところである。ハッキリさせたいような、させたくないような。
 取り敢えずは許可を得ようと言うよりは、ただの「確認」作業にしか思えないメイドの口調に、説得も拒否も早々諦めた。ただ、それだけが聞いてみたくて頭を抱えたまま呟いてみる。
「伝えておりません」
「・・・は?」
「その方が臨場感満載で宜しいのでは。というか、そっちの方が面白そうだと言うことで、従業員一致で勝手に決めました。明日の午後一時に開戦致します。捕獲出来次第、大会は終了。レイラ様が逃げ切れる様なことがあれば、御夕食の六時に終戦いたします」
「・・・」
 正味五時間。半端無い長さの鬼ごっこである。
 それにしても「開戦」「終戦」ときたものだ。最早大会ではなく戦争の雰囲気がプンプン。
 恐ろしい・・・。
「では、失礼致します」
 何ともコメントのしようがなかった俺に一礼し、メイドは返事を聞かずにさっさと部屋を出ていった。
 その背中を、何も言えずに見送る俺。持ち上げたカップからは、湯気が既に消えていた。

 追々ハッキリすることを、ここに追記しておく。
 参加するのは・・・と、こういう書き方をすると物凄く面倒なので訂正。「参加しないのは」以下の者達・・・「だけ」らしい。(脱力)
 王、並びに王妃付きの使用人。しかし、ローテーションを組める者は時間によって参加する意思があるらしい。
 執事。(爺さん)ある意味一番のライバル不在だが、体力と仕事の事情で不参加とのことである。
 門番。いざとなったら体を張ってレイラを捕まえなければならない最期の砦。メイド達が気を使っているような雰囲気を醸し出して提案したこの追いかけっこで、一番被害を被っているのは結局の所、彼である。
 あとはメイドが明言していた通り、ローテーションを組んで参加とのこと。
 というわけで、商品も地位も名誉も与えられることのないこの「追いかけっこ」は、捕獲対象であるレイラが何も知らない内から異常な盛り上がりをみせていた。

 何やっているんだかなぁー。もう・・・。
 と、頭を抱えながら書類に向き合う俺は、誘われたところで参加の意思は全くないものの、ちょっとした野次馬意識で見れないことを悔やんだのが本当のところ。レイラが楽しいならそれで良いけど、そんな事にもならないだろうと思いつつ、実際の所どうなんだろうと気になったり。何かちょっと、本当にちょっと、「懐かしい」って思ったり。
 ・・・ちょっとだけね。




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