硝子の靴を履いたばっかりに(それを壊したばっかりに?)城に連れてこられた庶民なヒロイン。
手強い爺さん、群れるメイド。超非常識王子、エトセトラ。出るわ、出るわ、変な人。
こんな場所で大人しくしている彼女・・・なら話はそこで終わり、王子も汚れにならずに済んだ?
お互い、あり得ないほどに非常識な庶民と王子の、ラブになるかもしれないコメディ。
庶民とか使用人とか、時々執事とか王子がバタバタする番外編。後編

レイラ
 ちょっと。何よ。
 何なのこれ。どういうことなのこれ。
 一体どうなっているのよ。昨日の友は今日の敵。・・・なのか。そうなのか。
 一体何が起こったのか。何か起こったのか。みんな宇宙人にでも浚われて操作されているのか。それとも変な茸でも食べちゃったのか。
 そう思いながら壁に引っ付いて向こう側を伺い、あたしは肩で息をした。冷や汗のような、そうじゃないような汗がツーと頬を落ちていく。

 今日の昼食後。
「レイラ様。今日はレイラ様の運動解消のために、従業員ほぼ全員参加で追いかけっこを開催することにしました」
 そう言ったメイドさんは、朝編んだあたしの髪をわざわざキュッと縛り直し、鏡の中で微笑んだ。
「・・・はい?」
 裏返ったその声は、ハッキリと無視されてメイドさんは鼻歌混じりにこんな事を言う。
「ちゃんと動きやすいようにポニーテールにしておきましたから」
「・・・え?」
 何? 何の話?
 という疑問は口から出させて貰えなかった。鏡越しのメイドさんは、いつもの笑顔のまま、信じられないことを「おはようございます」の挨拶と同じ様な口調でスラスラと言う。
「開始は午後一時。あと・・・十分ですね。レイラ様が逃げ切れれば、六時に終戦予定です。捕まったら、そこで終了。あ。手を抜いて、簡単に捕まっちゃ駄目ですよ。そうと見なされた場合、みんなでお仕置きすることになっていますから」
「・・・」
 ぽかーーーん。
 口も頭も、ぽかーん。何を言ってるの? という言葉すら、突然のことに驚きすぎて出てこなかった。
 というわけで現在に至る。つまり、何も分からないまま、知らないまま、逃げ続けているという現状へ。
 つまるところ「逃げろ」。取り敢えず「逃げろ」。そう言われていることだけは分かったので、必死扱いて逃げているというわけだ。

 心臓ばくばく。久しぶりに感じる緊張感。
 ・・・というよりも、こんな緊張感は、もしかしたら生まれて初めてかもしれない。これは、緊張感という言葉だけでは最早表現できない。
 以前逃げ出したときの比じゃない。だってあの時は、捕まって困ることはあれど、何も恐怖感など感じなかったから。でも、今回は勝手が違う。原因も意味も不明な追われるこの身。それでも、捕まってしまったらどんな未来が待っているのだろうと思うだけで、もう逃げるしないのである。そういう気分にさせられた、あのメイドさんの・・・。
「!」
 不意に足音が近付いてきて、あたしは慌てて近くのドアを開き、中に人が居ないことを願いつつ、そこに飛び込んだ。そして階段を駆け下りる。
 思い出す、この城に着たばかりの頃。そう言えばここを同じ様な気持ちで下りたな。・・・って・・・。
 ・・・ひー!



メイド
「いないなぁー」
「いないわね」
「いない・・・」
「おかしいわねぇー」
「・・・そうねぇー」
 その頃。城内には、そこかしこにメイドの姿。何処にこんなにいたのかというくらい、あちこちにメイド服が溢れている。当然そこには、今日待ち侘びていたはずの休番の者達の姿もある。何が彼女等をそこまで盛り上げるのか。最早彼女達にも分からない。
「いないねぇー」
「いないなぁー」
 のち、コックの姿。
「ふぉっふぉっふぉ」
 時々、執事。



レイラ
 もう駄目だ。逃げられない。
 乱れた服装を、不自然にならないようにちょっと整えながら、あたしは肩で息をした。体の震えが止まらない。いつ見付かるかという恐怖が半端無い。みんな、本当に一体どうしてしまったんだろうと思う気持ちが、その気持ちを増長させる。
 どうしよう。
 俯き、こそこそとメイドの隙間をすり抜けながら、あたしは考えに考えた。完全に敵陣の中。それでも進むしかないあたし。人数が多いせいで、何とか紛れることに成功した・・・は、したけど。
 こんな状態が、いつまでも続けられるはずがない。どうしよう。
 いっそ、捕まってしまおうか。自然な感じで負けを認めようか。こんなに頑張ったんだ。もう良い加減、捕まっても文句言われることはないだろう。疲れた。肉体的には勿論、精神的に相当疲れた。強制的に逃げさせられるって、自ら逃げようとするよりもストレスがたまるということが良く分かった。だって目的も目標も何も無いんだもん。何のために逃げて、その先に何があるのかも分からずに「逃げさせられている」あたし。ただ時間を待つだけって・・・つ、疲れる・・・。
 しかし・・・。
 ・・・しかし。もやもやと甦る、あの恐怖の源。
「みんなでお仕置きすることになってますから」
 嫌だ。
 ぶんぶんと首を振って、弱気な自分を奮い立たせた。疲れと弱気に対するは、あのメイドさんの声。駄目だ。絶対駄目だ。絶対悲惨な目に遭わされる。絶対。
 顔が青ざめる「ざーっ」という音が聞こえる。聞こえるくらいに頭の血液が下降している。
 だって・・・だって、だって・・・。
 だって最期だけ物凄い笑顔でそう言ったメイドさんの声は、物凄く怖かったんだ。



リス
 あー・・・。
 リスは書類の上に肘を付いて、思わず頭を抱えた。
 集中できない。
 物音が耐えない。空耳かもしれないと思うが、外を行き交う人の気配に落ち着かない。落ち着くわけがない。
 それでなくても・・・。と、リスは思わず大きなため息。はぁー。
 追われてるのがレイラときている。心配半分。・・・不安半分。だって、何か起こすんじゃないかと思って。物を壊したりするくらいなら良い。それくらいは平常心で受け止めるくらいの忍耐力は、既に十分培われている。そうじゃなくて。
 ・・・例えば、門番を殴ったり蹴ったり首を絞めたりして殺・・・じゃなくて、どうにかした後、城外逃亡を図るとか。まぁ、彼女自体の心配をしなくて良いと思えば、まだこうして机に着いていられるし、どうにかしてやろうとも思わないのだけど。
 いや、でも人命が掛かっている・・・かもしれないことだしなぁ。ちょっと裏門だけ見に行ってやるか・・・。
 哀れだ。何か、ごく一部の人間だけ、本当にどうしようもないほど哀れだ。そう思いながら、机に手を付く。
 しかしそれが杞憂に終わったことは、数秒後にハッキリする。
 ドアが開いて、返事もノックもされないまま、メイドが一人飛び込んできた。



爺さん
 手にした一組のカップが僅かな音を立てる。おっと。と、思った。普段は決してこんな粗相はしないのに。そう思いながら手に持ったトレーを持ち直して姿勢を正した。
 ざわざわざわ・・・。
 足音を立てて歩く者は居ないが、人口密度が普段とは全く違いすぎて落ち着かない。ヒソヒソと話す言葉も、不快ではないものの、変化以外の何物でもない。これがレイラの影響力だとしたら、一庶民のくせに大したものだ。と思う。いい変化をもたらしているわけではなく、彼女が一番被害を被っているだけなので「凄い」以外の感想は何も無いけれど。
「ふぉっふぉっふぉ」
 意味もなく、思わずそんな笑い声が漏れた。
 まぁ、多数の人間が楽しそうなのは良いことだ。そう思いながら、王子の部屋のドアをノックする。
 すると僅かな沈黙の後、普段とはちょっと声色の違う返事が聞こえてきた。これでは王子も落ち着かないだろうと、さすがにそこには同情しつつ、執事はドアを開けた。



レイラ
 やばい。
 やばい。絶対やばい。
 窮屈な場所で膝を抱えながら、あたしは頭を抱えた。
 いや、抱えようとしたが、それすらも出来ずに目をギュッと閉じる。
 ドキドキドキドキ。体に力を入れると僅かに震えるのは、きっと心臓の音が普段よりも大きいからだ。
 きっと、そうだ。



リス
「お茶を、お持ちしました」
 そう言って入ってきた執事に、「ありがとう」と呟いて、俺は何となく視線を逸らした。普段通りにと思う反面、普段通りがどんな風だったか思い出せずにいる。目が泳いでいるのが自分でも分かる。だったら視線を逸らしておいた方がましだと思い、ペンを取って頬杖を付く。仕事をしていると思えば、彼もいたずらに声を掛けてくることはないだろう。
 すると彼は背を向け、カップを並べるとポットを手に持ち・・・。
 そして呟いた。
「ああ」
「・・・???」
 ぎくり。とするが、強張った肩を慌てて戻す。足下でも僅かに変化が生じたようだが、それを気にする余裕はない。
 ・・・というか、気にするわけにはいかない。
 そんな内心ギクシャクしていた「俺達」に向かって、彼はこう言った。
「私としたことが。少々お待ちを」
 そう言って、彼は茶を注ぐことなく、そして俺の返事を聞くこともなく、それを置き去りにして部屋の外に出ていく。
 ・・・忘れ物か? 珍しいこともあるもんだ。と、閉まったドアを見ながら思う。外の異常な雰囲気に、彼も集中力を失ったのか。とも思ったりして。普段しっかりし過ぎている彼の、ちょっと人間っぽさを垣間見た気がした。感じる程でもない、ほんの僅かな親近感。
 そして、ややあって自分の膝に人の手が置かれる感触。
「リ・・・リス」
 そして、机の下からレイラがひょっこりと顔を覗かせた。
 そう。メイド服を着て。

 これがさっき飛び込んできたメイド・・・基、偽メイドの正体である。彼女は身を隠すために、メイド服を拝借した模様。従業員用の倉庫からでもくすねたらしい。確かにこの服装だらけの城内ならば有効な手段と言えるだろう。城外脱出は未遂の模様。良かった。門番、他色々な面倒を考えると、本当に良かった。ひとまず色々な面倒が回避できたことに心底安心・・・というか、むしろ疲れて俺は大きなため息を付く。もー・・・従業員が主人の心配を製造してどうすんだ。今更、そんな真っ当なことを思い出して。
「ねぇ。ねぇ。爺さん何しに行ったのかなぁー」
 一方、足に引っ付いたまま、レイラは心細そうに俺を見上げた。普段はそんな表情をしないくせに。それに、メイド服を着て。うーん・・・。参ったな。やっぱりろくな事にならなかった。と、この時一番そう思った。そんな、縋るような表情をしないで欲しい。完全に仕事を出来る状態ではなくなってしまった。ローテーションを組んで仕事はちゃんとするからと言っていたメイドの思惑は完全に外れ、俺は再びため息を付く。
 ・・・というか、執事が一人でお茶の用意をしに来ている時点で、ローテーションも何も無いもんだ。完全に職場放棄ではないか。
 もー。と、頭を抱えたくなった俺に、下からの声が「待った」をかける。
「ねぇ。ねぇってば」
 その声に下を向くと、ちょっと青ざめたレイラの顔。ほったらかしにされるのが我慢ならないらしい。というか、不安でしょうがないようだ。構え! と声色で主張しつつ、俺の視線を戻そうと必死になっている。そんな行動、今まで一度もなかったくせに。
 うーん。本当にかつて見たことのない表情。俺にはこの表情をさせることは過去に限らず将来も絶対無理だろうなと思うと、もう少しだけ見ていたい気分にさせられる。
 けれど、それはただの興味であって好意ではない訳で。
「大丈夫だよ」
 そう言って頭に手を置くと、ほんの少しレイラの頬に赤みが差した。分かり易く安心したらしい。
 それを見ながら思う。やっぱり、普段見ている方が彼女らしくて良いな、と。
「でも、また戻ってくるだろうから、もう少し隠れてな」
 そう言った瞬間、まるでそれを聞いていたかのようなノックが響いた。



レイラ
 机の下で身を小さくしていたら、ドアの開く音と爺さんの声が聞こえてきた。
 取り敢えずはメイドさんじゃなかったことにホッとする。
「この前、レイラ様と一緒に隣国へ行かれた時」
「っっ!!!」
 ぎっっっっくぅー!
 レイラ。の部分が僅かに強く感じたのは気のせいだろうか。だらだらと頬を伝う冷や汗に、あたしは背筋が寒くなるのを感じる。
「何か、問題でもございましたか?」
 そう言った爺さんは、いつものように「ふぉっふぉっふぉ」と笑った。何を考えているのか、相変わらず分からない爺さん。
「いや・・・な・・・何で?」
 リスは、あたしがいるからなのか。それとも、あの時の色々な大騒ぎを思い出したからなのか。僅かに引きつったような言葉を返す。
「いえ・・・何やら届き物が最近多くてですね」
 楽しそうな爺さんの声は、食器の音に僅か重なった。準備をしながら話しているようだ。
「花や置物。それに食べ物も山のように届いていまして」
「そ・・・そう・・・」
 ・・・ふーん。と、多分素で呟いたリスは、ようやくその原因に思い当たったようだ。あたしですら分かったのだから、答えに辿り着くのは容易かっただろう。そう、多分。キンキン率いるお嬢様方のお家から。
「評判のお菓子も沢山届いていますから、今日はこちらにご用意いたしました。たまには、ゆっくりとお茶を楽しまれては如何ですか?」
「・・・え? あ・・・ああ、うん。ありがとう」
 爺さんの意外な提案にか。それとも、あたしがいるからか。
 リスは戸惑ったようにそう言って、僅かに椅子を引いた。方向を僅か変えたところを見ると、爺さんがドアに向かったのだろう。
「では、失礼致しました」
 読み通り。そんな爺さんの声と、やがてドアの閉まる音が聞こえてきた。

 よよよ。良かったぁー。
 そう思いながら、よつんばで机の下から出る。とりあえずは安心だ。安全だ。やった。
 リスはあたしに構わず、椅子を引いたその流れで立ち上がり、爺さんの用意したお茶とお菓子の方に歩いていった。あたしは、そんな彼に気付きもしない。安堵感いっぱいで大きなため息を付く。さっきまで薄暗い場所で見ていた絨毯が、光の下でやっと鮮明に見えた。あー。生きてるって素晴らしい。
「レイラ」
 そんなあたしに、ため息と笑い声が混じったようなリスの声。立ち上がってテーブル越しに彼を見ると、彼はカップとお菓子を指さして笑った。
「ばれてた」



リス
「ふあー・・・。おいし・・・」
 レイラはカップを両手でもって、香りを楽しんだ後一口飲んでそう呟いた。本当に心からそう思っているんだなぁ。と、見てるこっちも気分がいい。

「嘘っっ。爺さん、分かってたの!? 何で!?」そう一瞬青ざめたものの、二組のカップを見てそれを察したらしい。一瞬でその顔が赤くなるが、怒りじゃないことは明らかだった。照れ臭そうにほっぺたを膨らましてから、ボソボソと口先でおねだりを口にする。
「リス・・・」
「ん?」
「・・・一緒にお茶しよ?」
 今日は彼女の見たことのない表情に、よく出会える日だ。

 チョコレートを一つ手にとって、レイラの顔を覗き込んだ。カップを置いてソファに深く腰掛けて、肩の力を抜いていたレイラは、驚いたように目を丸くする。反動からなのか、随分油断している。
 その口にチョコレートを放り込んでやると、頬は真っ赤になってモゴモゴと忙しない動きを繰り返した。微笑ましい。照れているのも喜んでいるのも手に取るように分かる。
「・・・うまい?」
 と、思わず零れてしまった笑顔で聞いてやると、彼女はやっと堪えていた笑顔を見せた。
「うまぁーい」
 そして、俺の腕に甘えるようにしがみついてきた。


 同時刻。
 メイド達はワラワラと、その数を(どうしてか)アメーバーのように増やし続け。
 爺さんはその間を「ふぉっふぉっふぉ」とか言いながらすり抜け。
 門番は完全武装をしてガタガタと震え続けていた。




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